2025国際ロボット展では12月3日、ヒューマノイドロボット(人型ロボット)開発向け合同セミナー「ヒューマノイドロボットフォーラム」が開催された。
「ヒューマノイドロボットフォーラム」では、NVIDIAのスマートマシン事業 統括部長ムラーリ・ゴパラクリシュナ氏が来日し、「フィジカルAI革命の核心」と題して講演を実施した。この記事では講演の印象的なポイントをレポートするとともに、ロボスタが同氏に実施した単独インタビューの内容から、「ヒューマノイドとフィジカルAI」「Jetson Thorの最新情報」等も紹介する。

■ 講演「フィジカルAI革命の核心」
AI関連の市場規模とAIファクトリーの構築
(ゴパラクリシュナ氏)
AIファクトリーとは、膨大なデータを集積し、AIを継続的に生成・更新し続けることで高度な知性(インテリジェンス)を生み出す巨大インフラ(工場)のことです。エンタープライズや工場、化学、医療、ヘルスケア、スマートシティなど国家・産業レベルの基盤となり、100兆ドル(約1京5000兆円)の市場規模があります。これはすでに現実の動向であり、NVIDIAはその技術を提供しています。

【編集部注】
AIファクトリーは、AIを継続的に生産・改良・運用することを「工場」に例えた巨大なデータセンター(プラットフォーム)のこと。大量のデータを処理し、AIモデルを学習させ、推論を出力し、その結果をフィードバックして、更新を繰り返す一連のプロセスを、自動化・高速化する仕組み。
NVIDIA が提唱する概念で言えば、「学習」→「推論」→「データ処理」→「監視・更新(MLOps)」を超巨大なデータセンター内で回し続ける「AI製造ライン」をイメージするとわかりやすい。
(ゴパラクリシュナ氏)
ディープラーニングと生成AIを経て、現在はAIエージェントが注目されています。そしてNVIDIAは次の大きな潮流として「フィジカルAI」が来ると確信しています。

産業用から社会、家庭まで、膨大な市場が存在するためです。世界にはすでに20億台のカメラ、1000万の工場、20万の倉庫、15億台の自動車・トラックがあり、これらすべてがフィジカルAIの対象になります。

フィジカルAIとヒューマノイドへの期待
(ゴパラクリシュナ氏)
将来は数十億台規模でヒューマノイドが生産される可能性があります。これまでのロボットの導入は工場や倉庫の一部が主でしたが、ヒューマノイドはオフィスや店舗、家庭まで広く普及し得る点が大きく異なります。
フィジカルAI開発の鍵となるのがシミュレーションです。
ロボットは実データが少ないため、仮想環境と合成データで学習を行います。NVIDIAはこのためのライブラリ、AIモデル、トレーニング基盤を幅広く提供しています。Isaac Labはオープンソース、Isaac Simは一部無料で利用可能です。

ヒューマノイド開発向けロボット基盤モデル「Isaac GR00T」は最新の1.5がオープンソース化されています。ヒューマノイドはVLA、アーム制御、移動、会話などの複合技術で構成されており、NVIDIAツール群を組み合わせて活用できます。

いまヒューマノイドがとても注目されていますが、NVIDIAはほとんどのヒューマノイド・メーカーと連携しています。ほとんどのヒューマノイドに超小型のAIコンピュータ「Jetson」が搭載され、NVIDIAのプラットフォームを使って開発が進められています。

NVIDIAはフィジカルAI開発のスタートアップを支援する「NVIDIAインセプション」を用意しています。
また、2026年3月16日から19日まで、シリコンバレーで世界最大級のGPUイベント「GTC 2026」が開催されます。このイベントでも「フィジカルAI」は最も重要なキーワードです。開発者、研究者、ビジネス リーダーたち一堂に会し、AIイノベーションの新たな潮流を探求する世界最高峰のAIカンファレンスです。ぜひ参加してください。お待ちしています。

■ インタビュー:ヒューマノイド導入の現状と展望
ロボスタはゴパラクリシュナ氏との単独インタビューをおこない、フィジカルAIやヒューマノイドの動向や導入事例、最新のAIコンピュータボード「Jetson Thor」(ジェットソン・ソー)などについて聞いた。

Q. 現在、非常に多くの読者がヒューマノイドに関心を持っています。ヒューマノイドの開発や導入事例を教えてください。
グローバルでは既に倉庫を中心にヒューマノイドの導入が既に始まっています。ただ、現時点ではなんでもできる汎化性能として見ればまだまだです。工場全体をヒューマノイドで自動化することはまだまだ先の話です。
今は特定の作業のみをおこなう段階であり、多くは「ピック・アンド・プレース作業」(ピッキング&配置)です。これは倉庫だけでなく、自動車などの工場でも1XやFigureのヒューマノイドの実証実験や試験導入が始まっています。
今は特定の作業に特化したロボットでも、これからできる作業を少しずつでも増やしていくことで汎化性能を向上することができます。高度なピック・アンド・プレースができるようになれば、次は検査作業やプラントでの巡回点検など、できることを増やしていけば、AIロボットにできることはどんどん増えていきます。
それには多くの学習データが必要ですが、ロボット基盤モデル(ファンデーションモデル)を構築している企業がたくさんあります。GalbotやXpengなどもそのひとつです。Galbotは今回の国際ロボット展にも出品していますよね。

大きな工場や倉庫を持つ大手の自動車メーカーや部品メーカーでは多くの会社がヒューマノイドに興味を持っています。そしてほとんどの主要なメーカーとNVIDIAは既に連携していて、IsaacプラットフォームやGR00T N1を採用しています。
Q. 例えば、あるSIerがUnitreeやAgibotなどのヒューマノイドを使って、短期間で効率的に工場でPoCを実施したいとします。どのような手順ですすめれば良いでしょうか。
NVIDIAはアクセンチュアなどの大規模SIパートナー「GSI」(Global Systems Integrator)とも連携しています。ユースケースによってサイズや機能など最適なヒューマノイドは異なります。NVIDIAのはほとんどのヒューマノイド企業とパートナー連携しています。また、そのヒューマノイドをトレーニングするためのライブラリやプラットフォームを用意していますので、その中から最適なヒューマノイドとツールを選択し、現場の環境で動作し、作業をこなすための開発を支援します。
大規模開発の具体的な事例としては、前回のCESにおいて、アクセンチュアがNVIDIAのオムニバースやメガを使って、ドイツのサプライチェーン・ソリューションのリーダーである「KION」を支援し、同社のグローバル倉庫および配送顧客ネットワーク向けに次世代の自律型倉庫とロボットフリートを構築しているユースケースを発表しています。これは実際に実用化されています。
関連記事「NVIDIAがデジタルツイン基盤「Omniverse」をロボティクス、自律走行車、ビジョンAIなどに拡張する生成AIモデルと「ブループリント」を発表」
【編集部注】
GSIは、NVIDIAのAI/GPU/ロボティクス/デジタルツインなどの技術を、企業の業務システムや製造ライン、クラウド基盤などに 実装・統合(インテグレーション)する役割を担うパートナー。エンタープライズ向けの大規模導入を担う上位クラスのパートナーとされている。企業がNVIDIA技術を使う際に必要となる、ソリューション設計、カスタマイズ・システム統合、PoC(実証実験)、大規模導入(工場・研究・クラウドなど)、運用サポート等の工程を担当する。特に製造・自動車・医療・通信など 巨大産業のAI変革プロジェクトでは重要な役割を持つ。
Q. アクセンチュアとKIONの例や、BMWがデジタルツインを導入してヒューマノイドを試験運用していますが、試験のデータはNVIDIAにフィードバックとして共有されますか?
共有していません。NVIDIAはデジタルツインやフィジカルAIに必要なシミュレーションや合成データを作成し、そこから作成したAIモデル等をオープンにエコシステムとして公開しています。そのエコシステムを使って、ヒューマノイドメーカーやSIerさんは自由に開発して欲しい。
一方で、自動車メーカーやGSIが実施して取得したデータは原則として受け取っていません。ただ、私達にもPoCで得られたデータや知見をフィードバックしてもらうかどうかは個々の契約次第だとは思っています。

Q.ヒューマノイド向けのGPUコンピュータとして「Jetson Thor」があります。ヒューマノイド1体を「Jetson Thor」1基でカバーできますか。
私達は2018年に「Jetson AGX Xavier」シリーズを発表した時、性能は21-40 TOPSでしたが「そんな高性能が必要なの?」と言われました。その後、工場や倉庫の自動化が注目され、自動搬送ロボットやAMRが登場した頃、「Jetson AGX Orin」シリースを発表し、200-275 TOPSに性能をアップしました。この時も「そんな高性能が必要なの?」と言われました。
そして、ヒューマノイドの開発のために発表した「Jetson AGX Thor」は1035 TFLOPS (FP8) / 2070 TFLOPS (FP4)にも高速化されましたが、やっぱり「そんな高性能が必要なの?」と言われています。

ヒューマノイドはモダリティやロコモーション、パーセブション、ビジョン、会話、総合制御など多くの演算が必要です。それでも「Thor」ほどの高性能であればカバーできるだろうと思っていました。
しかし、実際にはヒューマノイドに持たせたい機能によって「Thor」を2基搭載したり、「Thor」と「Orin」を搭載したり等、拡張するケースも出ています。LLM(大規模言語モデル)やVLA(Vision-Language-Action)、安定した身体性能も必要となれば高いコンピューティング・リソースが必要です。
そんな時にもNVIDIAの開発プラットフォームはとても有利です。なぜなら、「Thor」や「Orin」を含めて、すべてのJetsonが共通のプラットフォームで開発することができるからです。
Q.「Jetson Thor」の量産は始まっていますか? 供給面では全く問題ないですか?
量産は始まっていて、供給も順調です。大量に発注して頂いても対応できます。
Q.再度ユースケースの話に戻りますが、ムラーリさんは今後ヒューマノイドはどの分野から普及していくと感じていますか。
まずは倉庫や工場の「ピック・アンド・プレース作業」作業ですね。既に導入が始まっています。ロボットハンドや指を使う細かな作業はまだ困難です。硬いモノであれば既に高精度でできるようになってきていますが、柔らかい物や壊れやすいものを取り扱うのは難しいです。ただ、これらの機能分野の進化が著しいので、やがて対応できるようになるでしょう。
他には病院や高齢者施設です。施設や機器が人間用に作られているのでヒューマノイドの利点が活かしやすい現場です。人の作業をもとにトレーニング用のVLAデータを収集するのもそれほど難しくないと思っています。
最後に家庭用ヒューマノイドですが、家事の「汎用性」を求めた場合は、すぐに実現するのは難しいでしょう。ただし、整理や片付け、皿洗いなど、特定の業務だけに限定すれば可能ですが、コストとの兼ね合いを考えれば、ヒューマノイドが家事全般をこなすのはもう少し先のことだと思います。単一の仕事でなら、片付けをするロボットを、以前PFNさんがトヨタの「HSR」を使ってデモで実現していましたよね。

【編集部注】
家庭の環境は、部屋の間取りやキッチン、洗濯機、食器などそれぞれ大きく異なる。人間は初めてみるキッチンやリビングであっても、経験と洞察力をめぐらせてすぐに順応することができる。
フィジカルAIが出てくる前は、環境に応じてプログラミングが必要だったので非現実的だった。フィジカルAIではそこを高精度なシミュレーションでトレーニングできるものの、シミュレーションと現実とのギャップは大きくまだ難しい。
しかし、最新技術はその壁も乗り越えようとしている。
NVIDIAはDisney Research、Google Deepmindと協力
NVIDIAはDisney Research、Google Deepmindと協力して、ロボット学習のための高精度物理エンジン「Newton」を開発した。接触・摩擦・剛体・柔軟体・流体・ロボット関節の挙動などを、より正確に・高速にシミュレーションできる物理エンジンだ。GR00Tや Isaac Labの「身体性」を支える専用エンジンとして設計され、ヒューマノイドのような複雑な身体動作の学習に有効だ。
「Newton」によって「Sim2Real」で仮想世界と現実世界のギャップを縮めることができれば、環境が大きく異なる。(関連記事「NVIDIAとディズニー、Google Deepmindが連携 世界初のヒューマノイド開発基盤「Isaac GR00T N1」の概要と物理エンジン「Newton」を発表」)
ヒューマノイドの社会実装は、まだスタートラインに立とうとしているところ。人類が挑戦するこれからの課題であり難題だ。とはいえ、可能性は大きく、グローバルに見れば挑戦する研究者や開発企業は多く、超巨大なビジネス市場が広がっている。
ロボスタでは、ヒューマノイドや業務DXロボットの現状と未来を語るセミナー開催
ヒューマノイドの第一人者、大阪大学の石黒教授が登壇
ロボットの知能化が進み、身体性の高いヒューマノイドや四足歩行ロボットが注目されています。そんな今、知能ロボットと知覚情報基盤の研究開発を行い、ヒューマノイドやアンドロイド研究の第一人者として活躍する日本ロボット界の至宝、石黒浩教授はどう考えるのか。
「人間はAIやロボット技術でどのように進化していくのか」
万博でのパビリオン開発の経験を踏まえながら、AIとロボットで進化する人間や人間社会について議論します。

2026年1月19日(月)に「人間の進化と未来社会 石黒浩教授が語る 人とヒューマノイドの未来」を開催します(先着50名無料ご招待は上限に達しました。プレミアム会員の参加枠は残席あります。プレミアム会員はいつでも解約ができます)。
セミナーの詳細とお申し込みはこちら。
業務用DXロボットの導入実績が豊富なugoが登壇
すでに業務用ヒューマノイド(セミヒューマノイド)やAIロボットを実用化し、多数の導入事例を持つ ugo(ユーゴー) の松井CEOにご登壇いただく「AIロボット社会実装の最前線 ugoが挑むフィジカルAIとヒューマノイドの未来」を、2025年12月18日(木)に開催します。

ugo株式会社は、警備・点検・物流・ショッピングモール・イベントなど多様な現場で活躍する、遠隔操作型や自律型の「業務DXロボット」を社会実装してきたリーディングカンパニーです。また2025年10月には、日本国内で他社に先駆けて「AIロボット向け模倣学習キット」を公開して「フィジカルAI」を推進しています。
人型を含む業務DXロボットの社会実装について豊富な経験とノウハウを持つugo、お話が聴けるチャンスです。
先着100名様を無料でご招待。お申し込みはお早めに。
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