「アトラスの要素技術をビジネスへ」ソフトバンクロボティクスCEOが語るWhiz、Pepper、ボストン・ダイナミクスのシナジー

4月10日、ソフトバンクロボティクスは報道関係者向け発表会を開催し、AI清掃ロボット「Whiz」(ウィズ)に関する新キャンペーンとパートナー企業を発表した。「Whiz」はバキューム型の自動運転AI清掃ロボットで発表以来、清掃業界やビルメンテナンス業界で注目を集めている製品だ。


AI清掃ロボット「Whiz」。手押しして清掃を行うと、そのルートを記憶して次回からは同じルートで自動運転を行う。人や障害物を検知すると避けて清掃を続ける機能がある

その発表会の終了後、ソフトバンクロボティクスグループ社長兼CEOの冨澤氏がロボスタの単独インタビューに応じた。AI清掃ロボットの反響と手応え、Pepperの開発体制と進化、そして注目のボストン・ダイナミクスや相互のシナジーについて聞いた。


インタビューに応えるソフトバンクロボティクスグループ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 冨澤文秀氏


AI清掃ロボット「Whiz」に大きな手応え

編集部

ビジネス分野向けのAI清掃ロボット「Whiz」(ウィズ)に注目が集まっています。新しいキャンペーンとして「AI Clean 元年」も発表しましたね。どのような手応えを感じていますか

冨澤氏

清掃業界は人材の確保に大変苦心されています。早朝や夜の勤務時間は特にスタッフの確保が難しく、ロボットによる省力化、自動化がもっとも望まれている業界だと言えるでしょう。

「Whiz」の反響については私達もびっくりしています。発売に先立って、15社の大手デベロッパーの方々にWhizの実証実験にご協力頂きました。いずれも日本で有数の施設ばかりです。使ってみて頂いた結果、そのまま15社すべてから導入するというご契約を頂きました。100%の成約率は想像以上でした。使ってみた上で、契約に踏み切って頂けたことが何より嬉しいです。

15の施設が実証実験を行い、すべての施設がWhizの導入を決めた。画像はその一部だがいずれも日本有数の施設ばかり

また、実証実験を行うまで、契約して頂く最も重要なポイントは「コストの削減」だと思っていましたが、それにくわえて「ゴミがよくとれる」と性能を評価して頂いた点も嬉しいですね。大きなフロアを「面で隙間なく」清掃するのは人手では難しいのです。人はゴミや汚れが目で見える箇所だけ、スポット清掃を行ってしまう傾向にあるからです。しかし、AI清掃ロボットなら忠実に面で全体を掃除をしてくれます。また、新開発のブラシモーターもあって、目に見えないチリやホコリ、ダニなどを含めて着実に、圧倒的なゴミ収集能力が実現したことが評価に繋がっていると考えています。

「Whiz」が得意なエリアでは、手作業よりもゴミ収集能力に優れる。エリアを均一にくまなく清掃することと新開発のブラシモーターの効果が評価されているという

編集部

ソフトバンクロボティクス(SBR)は日本だけでなく海外にも活動拠点がありますね。また、ソフトバンクロボティクスグループ(SBRG)という法人もありますが、その構成はあまり知られていません。

冨澤氏

SBRGはソフトバンクロボティクス関連の持ち株会社で、私の仕事はSBRグループ全体、子会社や孫会社などすべてを見ています。また海外も含めて、関連性のあるグループ事業を統轄したり、世界的に働きかけて事業を進めています。SBRはご指摘のとおり、開発は日本(SBR)とソフトバンクロボティクスヨーロッパ(SBRE)で行っていて、アメリカ(SBRA)でも一部やっています。
Pepperの場合は、ハードウェアやOSの開発はSBREが主体で行い、日本版のアプリ層やUIなどは日本で開発しています。「Whiz」などのAI清掃ロボットはアメリカのサンディエゴにあるBrain Corporation社(Brain)と共同開発しています。Brain関連については、ソフトウェア開発は同社とともに行っていて、ハードウェア設計関連は中国が主体になっています。

編集部

AI清掃ロボットをBrain社とやるきっかけになったのはソフトバンクグループが同社に出資したからですか?

冨澤氏

いいえ。当初、Brain社が自動運転のモビリティを横浜で公開するということで、その車体にロゴを入れるスポンサーを募集しているということで相談をもらいました。しかし、既にPepperをやっていたので、ロボット業界で社名を宣伝する必要性は感じませんでした。ただ、その頃Brain社が手がけていた自動運転の清掃ロボットの技術には個人的に大変興味がありました。ウォルマート等に導入されるなどの背景がありましたから。そこで、私達とBrain社が協力すれば日本の清掃業界で面白いことができるんじゃないかと提案し、サンディエゴから来日してもらって孫(正義氏)に合ってもらいました。即決でした(笑)。
たしかに「Pepperから次は突然、掃除機ってどんな関連があるの?」と社内外でもよく話題になりますが、関連はありませんし、私達はこういうやり方で良いと思っています。




Pepperの評価と今後について

編集部

Pepperの事業については、3年契約以降の更新が少なく、事業として苦戦しているなどの予測報道が出ています。冨澤社長は現時点でPepperは成功していると考えているのか、それとも成功してはいないと考えていますか

冨澤氏

売上うんぬんはさておき、Pepper自体のインパクトや功績はとても大きいと思っています。Pepperを通じてコミュニケーションロボットの先駆者として当社が名乗りを上げることができたことがまず大きな功績です。今ではPepperの名前は世界の主要国に知られていますし、国内でも2,000〜3,000社もの企業に採用されているコミュニケーションロボットはPepper以外にはどこにもありません。
また、何よりも凄いことは、これをリリースして実際に毎日現場で使ってもらっていることです。それは日々の現場のリアルなデータとノウハウが膨大に蓄積していっているということを意味します。ロボットを研究開発する会社や機関はたくさんありますが、実際にマーケットで使われていないと得られないノウハウというのは確実にあります。そしてそれはPepperを実践に投入してやってきたからこそ得られたもので、それを理解しているのはSBRだけなのです。


技術が進歩していく限りはPepperも進歩していく必要があります。例えば、Pepperの会話機能にはまだ限界があります。そのため、ロボットが対応できない会話のレベルに話が進んだときは、遠隔操作のオペレーターとスイッチして対応する。ただし、声はPepperのままなのでユーザーは気づかずに違和感なく情報提供を受けられると言ったような最新の技術を盛り込むことも必要でしょう。また、そのとき答えられなかった質問や、会話が噛み合わなかったケースはデータとして蓄積して、次は答えられるように改善していけば、Pepperが対応できる時間が長くなっていき、オペレータが対応する時間を減らすことができます。その結果、将来的には数10台のロボットをひとりのオペレーターが遠隔操作で管理できるようになって、高度な回答品質を実現しつつ、大きなコスト削減に繋がります。今後もPepperはそうして進化を続けながら活用の世界を拡げていくと思っています。
家庭向けPepperは台数こそ多くないかもしれませんが、この分野でも将来に向けて「家庭用ロボットはこうあるべきだ」という知見を蓄積することができています。また、家庭向けPepperは「Pepper for Home」を発表して大きくバージョンアップしました。UIや機能も大きく変わり、会話能力も格段にアップしています。

編集部

Pepper以外のヒューマノイドロボットの開発はしていますか?

冨澤氏

ソフトバンクロボティクスとしてはPepper以外のヒューマノイドロボットの開発はしていません。現状もこの分野はPepperでいくと決めています。ただ、成長的な進化は常に行っています。SLAMに対応して移動機能を強化したり、人に近付いて話しかけたりなど、常にニーズに合わせてバージョンアップしてきました。



今月16日、SBRはAndroid OSに対応したPepperの新しい家庭向けモデル「Pepper for Home」を発売することを発表した。家族が頻繁に接したくなるような機能を更に充実し、会話もより自然にできるように進化した。聞き取り能力も大きく向上させ、従来は応対が難しかった会話内容に対する返答の正確性が向上しているという。また、ユーザーが直感的に使いやすい画面操作デザインが採用されている。

家庭用は「Pepper for Home」、法人向けは「Pepper for Biz 3.0」に大型バージョンアップをしたPepper。聞き取り性能や会話性能が格段に向上した


驚異的な身体能力を実現、ボストン・ダイナミクス

ソフトバンクグループは、驚異的な身体能力を発揮するロボットを開発し、世界的に注目されているボストン・ダイナミクスを買収した。四足歩行の「SpotMini」、二足歩行の「Atlas」、2輪で高速に走る「Handle」はその代表作だ。不定期にボストン・ダイナミクスが投稿するYouTube動画は常に世間の耳目を集めている。


SpotMini

Atlas

Handle

SBRとボストン・ダイナミクスはどのようなやりとりがあるのだろうか。

冨澤氏

最近は特に密に連携しています。ボストン・ダイナミクスが持っている技術は世界の最先端であることは間違いありません。その技術を活用してどのようにビジネス分野に投入できるかという議論を繰り返し行っています。



イヌのような動きをする高性能な四足歩行ロボット「SpotMini」は、2019年の量産リリースに向けて準備中だと海外では報道されている。実際に竹中工務店とフジタが建築中のビルを歩き回る実証実験の映像が公開されていることでもそれがうかがえる。

「SpotMini」以上に注目されているのが二足歩行型ロボット「Atlas」(アトラス)だろう。雪の上を二足歩行で歩いたり、芝生の上を走ったり、バク宙やパルクールまでこなす運動性能はズバ抜けている。

編集部

SBRとしては、Atlasを製品化して欲しい、または製品化したいという気持ちはありますか?

冨澤氏

Atlasは技術研究用に開発しているものです。Atlasを製品化するというより、Atlasで培った要素技術をロボット製品に活かし、ビジネスに展開する方向で議論したり検討はしています。

編集部

ボストン・ダイナミクスは最近、Handleを流通(倉庫)分野で活用するイメージ動画を公開しました。これも実用化提案の現れでしょうか

冨澤氏

あれについても勉強している最中です。ボストン・ダイナミクスの技術は素晴らしいですが、実用化しなければビジネスとして成立しないことは私も孫(正義氏)も十分感じていますので、私達からサポートできる情報があれば、ボストン・ダイナミクス側にどんどん入れています。市場で実用的に利用するためのノウハウはソフトバンクロボティクスが持っているので、例えば、スループットはどれくらい出すべきか、エラー率はこの数値以下とか、KPI(計測・評価のための中間指標)のターゲットを提示するとか、実用化に必要な情報を提示して、改善を促すと言った話は常に行っています。


編集部

SBR側からボストン・ダイナミクスに対して製品開発の提案をスクラッチから行っていますか?

冨澤氏

現状ではありません。例えば、「AtalsやHandleなどの個々の要素技術を使って実用的なロボットを開発するとしたら、このような分野に展開できるだろう」というアイディアや提案、その場合の安定性やKPIを提示するといった内容です。



以前とは異なり、ボストン・ダイナミクス側も最近ではビジネス活用できるロボットの開発を強く意識しているという。ハンドルを倉庫で活用する動画はその現れかもしれない。また、ボストン・ダイナミクスは今年の4月にNVIDIAのAIスタートアップコンテストで優勝した「Kinema Systems」社を買収した。同社は物流および製造業界向けに、ディープラーニングと3Dビジョンを活用した革新的なロボットソリューションを構築し、物流倉庫向けのロボットアームに応用している。

DARPA(国防高等研究計画局)にはじまり、Googleに買収されたものの具体的な事業化が実現できなかったボストン・ダイナミクス。ソフトバンクグループの一員となった今、多くの人たちを驚かせ、魅了してきた先進のロボティクス技術がAI掃除ロボットやPepperにもなんらか反映されていく将来を想像するとワクワクする。更には、ビジネス現場を知るSBRとの連携によって製品化される日が来るのを心待ちにし、一刻も早く実現することを期待して待ちたい。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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