NVIDIAが「Jetson Nano」搭載のAIレースカー「JetRacer」情報を公開!NVIDIA担当者に聞く、Jetson最新情報やTPUとの比較

「ディープラーニング(DL)やディープニューラルネットワーク(DNN)を使ってどんなことができるのか」
「機械学習とAI予測の具体的な手順を学んだり体験してみたい」
そう思っている人は少なくないはずだ。

NVIDIAは超小型のAIコンピュータボード「NVIDIA Jetson Nano」を使って、高速に走行できるAIレースカー「JetRacer」をGitHubで公開した。高速で自律走行するためのDLやDNN技術を基礎から学ぶことができる。
今回、ロボスタでは2017年からNVIDIA米国本社でJetsonテクニカル・プロダクト・マーケティング・マネージャーをつとめている矢戸知得(やと・ちとく)氏に「JetRacer」の話を聞いた。更には「Jetson Nano」の最新情報や、気になる競合製品との比較、TPUやインテルのAIスティックとの違いについても聞いた。

「Jetson Nano」を使って作ったAIレースカー「JetRacer」。作り方・部品リスト、ソフトウェアはGitHubから誰でも入手できる

わずか129ドルのAIコンピュータボード「NVIDIA Jetson Nano」(ジェットソン・ナノ)。発表時は業界に衝撃を与えた。

「Jetson Nano」開発キットは更に安い99ドル。CPUは、4Core ARM A57 1.43GHz、GPUに128コアのMaxwell 472GFLOPs(FP16)、メモリは4GB、ストレージは16GB eMMC。USBは4ポート、HDMI、ギガビットイーサ等を搭載


「JetBot」に続く第2弾が「JetRacer」

NVIDIAは2019年3月、「Jetson Nano」を発表した直後、そのボードを内蔵して作るロボットカーのリファレンスモデル「JetBot」の作り方・部品リスト、ソフトウェアをGitHubで公開した。DLやDNNの学習ツールとして活用できる。「Jetson Nano」は宇都宮大学の教材として採用されているが、「JetBot」はその参考にされたり、技術者向けの「JetBot」ハンズオン等でも活用が進んでいる。

宇都宮大学は「Jetson Nano」を使ったAIロボットカーを教材として採用することを発表した

Jetson NanoでDLやDNNを学習する「JetBot」ハンズオンの様子。「JetBot」はGClueからキット販売もされている

「JetBot」は走れる場所(例えば決められたカーペットの上など)と、走ってはいけない場所(例えば階段やフローリングの上など)を、AIに機械学習させることで、走行可能な場所を「JetBot」自身が選んで自律的に走行できるようになる。「Jetson Nano」を使ったAI機械学習やAI予測が実践、体験できるとあって、DL初心者をはじめとして多くの技術者や教育者、電子工作ファンに注目されている。


AIレースカーを作る

ラジコンカーを自動運転で走らせるものを「AIカー」や「ドンキーカー」と呼ぶ。ラジコンがベースのものはかなり高速で走行することができ、専用のサーキットをAIレースカーが疾走する競技が米国等を中心に人気を集めている(「DIY Robocars」など)。日本でも大会が企画され、盛り上がりを見せ始めていて、「AIでRCカーを走らせよう!」といったコミュニティも作られている。
こうした背景もあって、「Jetson Nano」を搭載したAIレースカーのリファレンスモデルとして公開したのが「JetRacer」だ。作り方と部品リストがGitHubで公開されている。


JetBotはJetson Nanoを含めて約250ドル(US)、JetRacerは約400ドル程度で主要部品を揃えることができる。個人で作ってAI機械学習を体験してみるのもよし、「DIY Robocars」のようなAIレースカーのコンペティションに参加して腕試しするのも良いだろう。


NVIDIAに聞く 「JetRacerとは」

NVIDIA米国本社のJetsonテクニカル・プロダクト・マーケティング・マネージャー矢戸氏は「JetBot」と「JetRacer」についてこう語る。

矢戸氏

AIの基礎技術が体験できるツールとして自律走行する自動運転ロボット「JetBot」を作りました。「JetRacer」はその第2弾です。サーキットなどのコースに沿って、高速に自律走行するプラットフォームとして公開しました。高速で走行するためには、ベースとなるラジコンカーの部分を高速にするだけでなく、カメラのフレームレートを上げたり、TensorRTをオプティマイズ(最適化)するなど、さまざまな処理も高速化する必要があります。それらの意義や具体的な方法を基礎から学習したり体験できるツールにして欲しいと考えています。
「JetRacer」を走らせるサーキットのコースは白線でも、あるいはロードコーンで仕切られたコースでも構いません。それに合わせた学習データを使って機械学習することで、AIレースカーはコースに順応して自律走行することができるようになります。また、「JetRacer」で学習した技術は、将来、AGVなどの自動運搬車や自動運転車、またはロボットやドローンなど、AIレースカーやロボットカー以外にも機械学習全般に応用できると思っています。

NVIDIA米国本社でJetsonテクニカル・プロダクト・マーケティング・マネージャーをつとめる矢戸知得氏。来日中に話を聞いた

編集部

なるほど、多くの技術者やプログラマの人たちにAI入門用に使って欲しいという意図ですね

矢戸氏

はい。そのため、ラジコンカーの部分も日本の方に入手しやすい部品リストになっていると思います。
試作品は自分で所有していたタミヤ製のラジコンカーを改造して作りました。その後、6月末に「JetRacer」初号機バージョンのソフトウェアを含めたすべての情報をオープンソースとして公開しました。Latrax(ラトラックス)ラリー1/18スケールの車体を使ったものです。ただ、日本市場を含めて入手しづらいという声を頂いたので、Maker Faire 前のタイミングでタミヤ製の市販モデルをベースにした「作り方と部品リスト」をドキュメントに追加しました。
ぜひ、様々な人にご活用いただき、DLやDNNの世界を体験して頂きたいですね。




AIの入門用にJetson Nanoは最適

「Jetson」は超小型のAIコンピュータボードとして知られているシリーズ。デバイスに組込ができるので、ロボット、ドローン、セキュリティカメラ、AGVなどに搭載されている。

これまではクレジットカードサイズの「Jetson TX1」や「TX2」が人気。2019年に入って、最上位機「Jetson AGX Xavier」と、最コンパクトモデル「Jetson Nano」がラインアップに加わった

矢戸氏

Jetson Nanoはコストパフォーマンスが高いモデルですが、DLの入門用や教材用としても活用して欲しいと思っています。
DLを学習するにあたって、畳み込みネットワークなどの技術的な詳細を理解しようとして挫折してしまうという開発者の方が多く見られます。しかし、現在はDLのフレームワークも多数提供されていますし、多くの開発者にとってDNN自体を理解することは必須ではありません。それよりも、DLはどうやって学習するとどのような効果が得られるのか、どのように実用化できるのか等を、まずは実感してもらうことが何より大切だと考えています。その意味で、「JetBot」や「JetRacer」でハードウェア環境を用意し、これらを使ってソフトウェア技術やDLの流れを手軽に学んで頂ける環境を整えたい、という想いがありました。

編集部

NVIDIAはオンラインでDNNを学習できるeラーニングのサービスを提供していますね

矢戸氏

「NVIDIA Deep Learning Institute(DLI)」ですね。ディープラーニングやAI関連技術など、専門知識を学習するためのオンライン教材を有料で提供しています。DLの基礎からオブジェクトディテクション(物体認識)などの方法を学ぶことができます。クラウド上のGPUインスタンスを利用することで、ユーザは専用のハードウェアを必要とせずに実践的なDLを学べるのが特徴です。
そのDLIに入門用として「Jetson NanoでAIを始める」という講座を用意しました。Jetson Nano講座です。DLIの各講座は通常は有料で提供していますが、入門用のJetson Nano講座は入門用なのでどうしても無料で提供したいという思いがあり、それを実現しました。「Jetson Nanoを使ってAIを学習してみたい」「どんなことができるんだろう」と感じている人は、ぜひこの講座をご利用ください(無料の会員登録が必要)。

NVIDIA Deep Learning Institute(DLI)の画面。入門用に「Jetson NanoでAIを始める」という講座が用意されている(残念ながらコンテンツ自体は英語)

編集部

そうは言っても、AIの学習のためにAIのフレームワークが使えるクラウドサービスに契約したり、CUDAの知識が必要になりますよね?

矢戸氏

一切、必要ありません。クラウドのAIサービスを使わなくても、AIの機械学習はJetson Nano上で可能です。Jetson Nanoの基本的なセットアップ、複数の画像データセットを与えてAIの機械学習を行い、生成したAIモデルをテストしたり、エッジデバイスに組み込んでAIで推論する、と言った実践的な流れを学習することができます。
PythonやJupyter Notebook等の知識さえあれば、AIが初めての人でも、クラウドサービスの契約やDNNの知識がなくても、Jetson NanoでDLの学習や予測を行うことができますので、気軽にはじめてみてください。


■Jetson NanoでAIを始める (Jetson Nano講座) の概要
【Jetson Nano で AI を始める】
Jetson Nano とカメラの設定
分類モデル構築のための画像データ収集
収集した画像データのアノテーション
自分で収集してアノテーションしたデータを用いてニューラル ネットワークのトレーニングを行い、独自のモデルを作成
作成したモデルをJetson Nano にデプロイして推論を実行

【必要なもの】
NVIDIA Jetson Nano Developer Kit
microSD カード 32GB 以上
5V 4A 電源
2-pin ジャンパー
USB ウェブカメラ(Logitech C270、Raspberry Pi Camera Module v2)等
USBケーブル (Micro-B To Type-A)
インターネットとmicroSDカードにアクセス可能なパソコン(ノートパソコン可)




「Jetson Nano」の出荷状況やライバルとの比較を教えて

既に「Jetson」シリーズをよく知っている人やビジネス上、AIに関心を持っている読者は、現状の「Jetson Nano」の出荷状況やライバルのボードとの比較が気になっているに違いない。その点も聞いてみた。

編集部

「Jetson Nano」の出荷状況や採用事例を教えてください

矢戸氏

「Jetson Nano」の開発キットを2019年3月に発売したところ、想定を超える反響があり、たくさんの注文を頂いたため、出荷が追いつかない状況になってしまい、お客様にはご迷惑をおかけしてしまいました。その後、量産体制も強化して、現在では製品として組み込まれる「Jetson Nano」モジュールの量産も順調に推移し、各種ロボット、スマートカメラやNVR、テレプレゼンス用デバイスを含めたIVA機器、そして教育向けにと幅広い分野で活用がはじまっています。



「Jetson TX1」 や「TX2」の導入事例や活用例はロボスタでも記事として掲載しているので、過去の関連記事を参照して欲しい。

編集部

「Jetson Nano」のコンペチターというかライバルは「Raspberry Pi」(ラズベリーパイ)や「TPU搭載ボード」(Coral)ですよね? それら競合他社との状況はどうですか

矢戸氏

DNNが利用できる小型のエッジデバイス向け製品としては、「Raspberry Pi」と「Intel Neural Compute Stick 2」デバイスの組み合わせと、TPUを搭載した「Coral」がありますよね。米国ではどちらも入手できる状況ですが、「Jetson Nano」が多く選ばれていると感じています。Jetson Nanoが選ばれている理由は大きく2つあると考えています。
ひとつは始め易さ、とっつきやすさです。当社の製品は、Jetsonシリーズからハイエンドのクラウドで利用されている製品まで、共通の開発環境やプラットフォームが利用できることが大きな特徴となっています。既にパソコンやクラウドを利用してGPUやフレームワークを利用している開発者の方は、開発環境やツール、スキルやノウハウをそのまま「Jetson Nano」で活用して頂くことができます。他社の製品の場合は、開発環境やツール等をそれ用に別途用意する必要があるでしょう。
もうひとつは対応するニューラルネットワークが幅広いことです。動作するニューラルネットワークやAIのフレームワークを選びません。これは私達のアプローチがピュアにソフトウェアだということに関連しています。当社内で対応したネットワークとベンチマークを製品別に比較したものを紹介します。他社製品では極端にチューニングされたネットワークもありますが、動かないネットワークやパフォーマンスが出ないネットワークもあります。その点で「Jetson Nano」は多くのネットワークに対応し、安定した高速性能が引き出せています。

「Coral」(TPU搭載)、「Raspberry Pi3とIntel Neural Compute Stick 2」、「Jetson Nano」のベンチマーク比較(参考)



ロボットやドローンのビジョンシステム、カメラ映像による顔認証や人物判定、出荷前の自動の検品作業など、AIの学習や推測に対する需要はますます高まっている。ビジネスの現場で本格的な導入はむしろこれから更に加速するとみられる中で、NVIDIAは開発者の裾野を広げるとともに、学習用教材のツールの提供にも力を入れている。
今後の「Jetson Nano」の導入事例など、最新情報が入り次第お届けしていきたい。


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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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