日立の次世代技術「CMOSアニーリング」実用化へ(2) 3年かかる計算をわずか1週間で!「勤務シフト作成」では余剰を8割も削減、100倍高速【事例編】

日立製作所は、日立が独自に開発した量子コンピュータを疑似的に再現した計算技術「CMOSアニーリング」の研究と開発を進めています。このシステムは、大規模で複雑な「組合せ最適化」問題を高速に解くのに最適と言われています。CMOSアニーリングの技術的な特徴や量子コンピュータとの関係、想定されるデバイス構成等の詳細は前回「日立「CMOSアニーリング」の実用化が進む(1) 量子コンピュータを疑似的に再現 アニーリングと組合せ最適化とは【入門編】」で解説しました。
今回は、実用化が進む「CMOSアニーリング」のユースケースとして、日立の中央研究所、三井住友フィナンシャルグループ、損害保険ジャパンとSOMPOリスクマネジメントの事例を紹介しましょう。


「勤務シフト最適化ソリューション」を昨秋にリリース

日常の業務で「組合せ最適化」問題として真っ先に思いつくのが「勤務シフトの作成」でしょう。時間ごとに必要な人数やタスク内容(職務)、スキル、休暇希望、勤務頻度、通勤時間などの複雑な条件を加味した勤務シフトの作成は複雑で時間がかかります。また、サービスセンターやコールセンター、生産工場など、大規模な勤務シフト作成業務では、画一的なローテーションによるシフト組みではなく、細かな制約を複合的に考慮した最適な要員配置が求められますが、人数が増えれば増えるほど、各個人の属性や希望をシフトに反映することは困難になります。

実は日立は、数100人規模の勤務シフトを短時間で作成できる「勤務シフト最適化ソリューション」の提供を、2020年10月からはじめました。これはクラウドサービス(SaaS)として提供されるため、導入する上で特別なマシンを購入したり専用回線の設置等は不要です。

「CMOSアニーリング」技術をクラウドサービスで提供。システム構成図(例)

導入時に日立の技術者によるカスタマイズが必要ですが、導入した後はシフトを作成する担当者にはエンジニアのスキルは必要ありません。Webブラウザの操作でシフト作成作業を行うことができます。システムに日付・時間とそれぞれの必要人数、勤務者の有給休暇などの勤務希望などを入力すると、計算自体は数十分程度で完了。もしも、シフト作成後に欠勤や必要人数の変更などによる再作成が発生した場合でも、即時に再作成が可能になっていて、膨大なパターンの条件があっても、すべての勤務者の希望をシフト作成業務に取り入れることができる、としています。




三井住友FGコールセンターで活用 余剰配置を約80%削減

このソリューションの提供開始に先立ち、日立は三井住友フィナンシャルグループのコールセンター数ヵ所で活用し、共同で実務上の評価観点の実証テストを行いました。その結果、人手で作成する従来の勤務シフトと比較して余剰配置の発生を約80%削減するなど、要員配置の適正化に対する高い有効性が確認できた、としています。


コロナ禍でシフト作成は更に複雑に

もともと複雑で時間がかかるシフト作成業務ですが、更に新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、「密」を避けた交代制シフト勤務や非対面業務など、多様な勤務形態を取り入れる企業が増えていることで、これまでの画一的なシフト勤務体系が見直され、人員数に制限を設けた上で適正な人数を配置する必要性が高まっています。


100倍近い速さで300人分の週間シフトを作成(日立の中央研究所)

この課題は、システムを開発している日立自身にも降りかかりました。緊急事態宣言下の2020年5月から、東京都国分寺にある日立の中央研究所に所属する約360名の研究者を対象に、シフト出社制が導入されることになったのです。

日立の中央研究所内にある「協創の森」東京・国分寺市 (画像提供:日立製作所)

出社時間は4シフト制で、所属チームや研究内容、実験の進捗、実験設備の使用状況、希望出社頻度、通勤時間など条件を細かく設定したうえで、数100人規模の「3密回避」シフトをCMOSアニーリングによって効率的に作成しました。その結果、同研究センタ300人分の週間シフトの作成は約1時間ほど。通常のコンピュータで行った場合の作業時間と比較して、100倍近い速さで、新型コロナウイルスへの感染リスクを最小限に抑えながら、円滑に研究活動を継続するためのシフトが作成できている、としています。


今後も、ニューノーマルな社会では「在宅勤務と出社勤務」双方の良さを生かしたフレキシブルな働き方にシフトしていくことが予想されるため、多くの企業で効率的で最適なシフト作成業務が、より一層求められそうです。


損害保険ポートフォリオ最適化

もうひとつ興味深い実証実験の結果を紹介します。
損害保険ジャパンとSOMPOリスクマネジメント、日立製作所の3社が合同で行った実証で、損害保険会社のポートフォリオの最適化にCMOSアニーリングを活用した事例です。
地震や台風、洪水、津波、高潮など大規模な自然災害では、多額の保険金の支払いが発生します。損害保険会社はこのリスクを回避、分散するため、別の保険会社に再保険契約する施策をとっています。


自然災害による巨額の支払いリスクを予測しつつ、再保険契約のコストを抑えて収益を最大化するために、最適なリスクコントロール(ポートフォリオ最適化)が必要となりますが、これを自動化するには膨大な量の「組合せ最適化」の計算が要求されます。
例えば、自然災害リスク評価モデルにおいては、台風、洪水、津波等の自然災害が発生する確率と規模、その損害額など多くのパターンを想定したり、想定を上回る損失への最適な対応方法の提案が重要となります。



2.5~3年もかかる計算を1週間で(推定)

大規模な自然災害と複雑なリスク回避用件を考慮したポートフォリオ最適化は、従来型のコンピュータでは1回の計算に「約3年」が必要と試算され、現実的なものではありませんでしたが、CMOSアニーリングの活用によって許容計算時間内で解くことが可能か等を検証したのです。

その結果、実証実験を行ったポートフォリオの規模において、CMOSアニーリングが従来のコンピュータと比べて、100倍以上の計算速度で最適化が完了することが確認できました。従来は約3年程度かかる損害保険ポートフォリオ最適化問題も「1週間以内に解く」ことができると推定されたのです(実際にはもう少し小さい単位で実証し結果を推計)。回答の精度も従来想定されているもののレベルに達しました。


こうしたことから、「現時点での性能、精度ともに問題はないものの、実用で必要となるハードウェア、ソフトウェアの準備期間も必要であり、両社のロードマップを照らし合わせ、今後は実導入に向けた準備を進める」とコメントしています。更には「今後は更に計算時間を短縮する研究を進めたい」と続けています。

日立は、このCMOSアニーリングの研究・開発をさらに強化し、金融商品のポートフォリオ作成や、物流倉庫におけるピッキング作業の高度化など、さまざま分野での活用をめざして、各種ソリューションの拡充に取り組みたい、として、協業パートナーを募集していく考えです。

ABOUT THE AUTHOR / 

神崎 洋治
神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

PR

連載・コラム