デジタルツインは実際に重要な技術となるのか?
企業はどこから着手していけばよいのだろうか?
そんな質問に対して、アクセンチュアの河野氏は「DXが話題になって久しいですが、DXの技術的な変化として有効な2つのもののひとつが「デジタルツイン」です。デジタルツインを実現するには、設計図面を全て3D化し、その「デジタルスレッド」を縦や横に「コネクト」する検討を早急に始めるべき」と語った。
そして更に河野氏は「クライアントから、PLM(Product Lifecycle Management)システムを導入して、設計とパーツ管理をデジタルで管理したいという相談をよく受けます。ところがPLMシステムを導入しても、全てのデータが3D化されていないと、デジタル上で様々な検証を行うことができません。2Dの図面が残っていると、その部分だけはアナログでの検証を余儀なくされ、折角のデジタルの特性が生かせないことになります。本当の意味でのPLM、DXではそれでは意味がありませんし、完全にデジタル環境で管理していればそれは許されません。設計やパーツ管理など、業務ごとのデジタル化「デジタルスレッド」が積み重なって「デジタルツイン」の実現性が見えてきます」と続ける。
デジタルツインとは何か
「デジタルツイン」は規模の大きいデジタル「シミュレーション」環境と言っていい。リアルと同じ環境をデジタル(仮想空間)上に作り、その中でシミュレーションや実験を行った結果をリアル社会にフィードバックする。それを反映して、設計、企画、性能、人の流れなど、多岐に渡る課題や問題点を洗い出したり、計画が正しい方向に進んでいるかを確認したりする。
その一例がロボットや自動車の開発に「シュミレーター」が導入され始めていることだ。これは既にロボスタでも何度か紹介してきた。NVIDIAが公開した、Amazonロボティクスのデジタルツインの導入例。左がデジタル空間、右がリアルの工場の映像。デジタル空間の中でロボットの画像認識や動作のトレーニングが繰り返し行われた上で実践に投入される。
自動運転のAI学習にもデジタルツインを活用
航空機や自動車でも、設計開発や衝突実験などもシミュレーターが使われている。設計時に重要になる性能実験は、デジタル空間の中で実施すれば、万が一事故やトラブルが起きてもリアル環境のように大事に至ることはない。衝突実験などもリアルで実施するより時間もコストも大幅に削減して効率化できる。耐久試験でもデジタル空間で行なった方がコストが安くて効率的、リアルとほぼ同等の結果が得られることは、既に実験により裏付けされている。
自動運転のAI学習でもシミュレーターは活用されている。AIはデジタル空間の街並みを走行してトレーニングを重ねている。街では朝、夕、夜間、晴れ、雨、霧など、様々な環境を簡単に切り替えることができる。これらもデジタルツインの有用性を示す例のひとつだ。リアルの街並みではそうはいかない。
製造業の「インダストリーX」
前回、アクセンチュアが取り組んでいる国交省の「Project PLATEAU」について解説し、既にデジタルツインに取り組んでいる各社とその実例を紹介した。デジタルツインの有用性の片鱗が見えたという読者の声も多く頂いた。今回は、製造業やサプライチェーンの視点から「デジタルツイン」を考察したい。
アクセンチュアは「Project PLATEAU」とは別に、製造業を中心にエンジニアリング&マニュファクチャリングサービスの「インダストリーX」を推進している部署がある。名前から想像できるとおり、「インダストリー4.0」の先を見据えたものだ。
キーワードとなる技術はAI、AR/VR、クラウド、5G、ロボティクスであり、そして「デジタルツイン」が掲げられている。
■「インダストリーX」とは
DX、デジタルツイン、デジタルスレッド・・、これから様々な分野で導入されていくこれらICT技術について、アクセンチュアの河野氏に聞いた。
製造業の現状と「DXの本質」
編集部
「インダストリーX」事業において「デジタルツイン」はどのような位置付けでしょうか。
河野氏
「インダストリーX」や「デジタルツイン」の前に、まずは製造業の現状と「DX」(デジタルトランスフォーメーション)についてお話ししたいと思います。
日本の経済指標を過去約60年、振り返ってみると、企業物価が2.4倍に、国内総生産が41倍に、世帯当たり貯蓄が62倍になるなど、多くの分野で急激に伸張してきたものの、それは1994年までのことで、バブル崩壊期以降は貯蓄以外の要素の成長はほぼ止まり、その後の30年は横ばいとなっています。
更に、製造業を見ると、一部素材分野は検討しているものの、全体的にみれば減少を続け、日本の国際競争力も著しく低下していると言えます。
編集部
この状況を打破するには何が必要でしょうか
河野氏
本当の意味でのDXです。経産省が2018年に公表した『DXデジタルトランスフォーメーションレポート~IT システム「2025 年の崖」の克服と DX の本格的な展開~』の中で「2025年の崖」とともにDX化の重要性が語られ、注目されました。しかし、DXの本質を捉えていない企業が多いのも実状です。経産省の「DXを推進するためのガイドライン」には、DXを次のように定義しています。
(デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドラインVer. 1.0(2018,経済産業省))
すなわち、DXによって「競争上の優位性を確立すること」が重要であって、デジタルツールを導入したり、業務を単にデジタル化することがDXのポイントではありません。
DXの本質はデジタルツインとコネクテッド化
編集部
DXを推進して、具体的には何を目指すべきでしょうか
河野氏
DXとは何かを根本まで振り返ると、DXの発案者であるエリック・ストルターマン教授の定義では「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」としています。そしてその中で2つの技術的な変化として有効なものを明示しています。それは「リアルとバーチャルの融合」と「コネクテッド化」です。
・リアルとバーチャルの融合
・コネクテッド化
この「リアルとバーチャルの融合」とは、情報技術と現実が徐々に融合して結びついていく変化が起こる、と言っていて、これはまさに「デジタルツイン」を明示しています。もうひとつの「コネクテッド化」はネットワークとIoTです。DXには「デジタルツイン」と「IoT」が重要であることは間違いない、という話しを私の講演ではしています。
編集部
なるほど。DXにおけるポイント、とくに「デジタルツイン」の重要性が明確になってきました。
河野氏
ものづくりにおけるデジタル活用の歴史を20年で区切って振り返ったとき、1980年~2000年は「非デジタル期」ということで匠の技、勘・コツ・経験などアナログベースでもの作りを行いうる時代でした。2000年からはデジタルの勃興期ということでこれらの「アナログでできることのデジタル化」する時代を経て、2020年以降はアナログで出来ないことのデジタル化する「デジタルツイン期」が来ると考えていて、本格的なデジタルツインの活用を目指した業務・IT・組織・文化等を横断した複合的な改革プログラムが必要となってくる時期に入っています。先進企業は既にこれを意識して、今後の企業が目指す姿になっています。
「デジタルツイン」の特徴は、リアルではできないようなデータが得られることです。例えば、航空機の機体の強度のシミュレーションでは、リアルに墜落させてデータを取ることは難しいですが、デジタル仮想空間上で墜落の際のダメージをシミュレーションすることはできます。自動車の衝突実験もデジタル上で行われるようになっていて、リアルとデジタル上で同じ結果が得られるようになってきました。こうした環境や技術を中核に据えてビジネスを行っていくことが重要ということです。
「デジタルツイン・エンタープライズ(≒ミラーワールド)」と実用化事例
アクセンチュアが考える「デジタルツイン・エンタープライズ(≒ミラーワールド)」について、3段階に分けた活用シナリオを紹介してくれた。「Forty」(データによる要塞化)、「Extend」(シミュレーション化)、「Reinvent」(ビジネス再発明)の3段階で、詳細は下記の通り。これによって今後、ビジネスの可能性が大きく見えてくる、としている。
河野氏によると、ミラーワールドの導入は、業種としては自動車や航空機の分野が積極的で、既に先行しているという。生物科学系の分野でも「がんゲノム情報 × 細胞シミュレーション」でミラーワールドを活用しているという。日本企業では鹿島建設の「建設現場の遠隔管理」や、国交省「Project PLATEAU」による「3D都市モデルの利活用」が事例となって出はじめていて、日本企業全体に行き渡っていくとリーンオペレーションに繋がっていくと思っている、と語った。
デジタルツインに着手するには
編集部
一般の企業がこれからデジタルツインに着手していくにはどうしたらよいでしょうか?
河野氏
デジタルツインを構築するには、「PLM(Product Lifecycle Management)システム」を導入して、まずは業務ごとのデジタル化「デジタルスレッド」を着実に紡いでいくことが重要です。例えば、設計をデジタルで行いたいという相談をよく受けますが、サプライヤーが2Dなのでそこだけ2Dのままだとか、いろいろな理由付けで全プロセスが3D化できないケースが多く見られます。本当の意味でのPLM、DXではそれでは意味がありません。設計して、仕様、製造、パーツ管理、外部サプライヤーとの連携など、すべてをデジタル化して(デジタルスレッド)、それを繋げて管理することで、大規模な「デジタルツイン」へと展開するものです。
アクセンチュアではそれを更にサプライチェーンまで拡げ、SNSのデータを加味してマーケットでどれだけ売れるのかといった需要予測をして生産する、無駄をなくし、自動化する提案をしています。それが「AI Powered SCM」の考え方です。
このように、アクセンチュアではDXを「デジタルツイン」と「コネクテッド」で捉え、製造現場の効率化だけでなく、必要な分だけ自動的に調達して生産し、無駄な在庫をなくすと同時に、配送、サプライチェーン全体を最適化・高速化、パーソナライズされた製品を顧客が望むタイミングでデリバリーしていく「インダストリーX」の実現を目指して提案しているという。
最後に河野氏は「自動車業界のデジタルスレッド/デジタルツインが先行している理由は、自動車の設計や部品等のすべてが既に3Dデジタル化しているためです。そのため生産やサプライチェーンのデジタルスレッドもデジタル化しているので、コネクテッドファクトリーやデジタルツインが展開しやすいのです。デジタルツインを実現するのに向いている業界としては、自動車のほかに建設業などもあげられますが、要は2Dから3Dデジタル環境への切替えを既に終えている企業はベースができているので着手しやすいといえます」と語った。
日本の製造業にとって、将来の展開を考える上でも、設計やパーツ管理など、できるところから3Dデジタル環境への以降をいち早く進めていくことが重要のようだ。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。