コロナ禍で大打撃の外食産業 配膳ロボット市場は縮小か拡大か? 外食産業特有の課題と実際 ソフトバンクロボティクスに聞く

2022年7月、飲食業とロボット業界があるニュースで揺れた。中国深センの配膳ロボット開発企業で知られているPudu Robotics社が1,000人以上をレイオフし、事業計画を見直すことを複数の中国メディアが報じたからだ。
関連記事「深センの配膳ロボット企業 Pudu Robotics が事業を大幅縮小か 1,000人以上をレイオフ、中国メディア数社が報じる

配膳ロボットは、清掃ロボットと並んで業務用サービスロボットとして普及が期待され始めているだけにこの報道は、サービスロボット業界全体で話題になるとともに、日本の配膳ロボット市場の将来を懸念する声も聞かれた。

ソフトバンクロボティクスが開発・販売している配膳ロボット『Servi』(サービィ)。滑らかに動作し、安定性も高い。写真では自律走行の移動ルート上に故意に靴が置かれているが、避けて走行する。

そこで、ロボスタでは日本の配膳ロボット業界をリードするソフトバンクロボティクスに直撃インタビューを実行。統括部長の畑達彦氏に日本の飲食業界と配膳ロボットの実状を聞いた。

ソフトバンクロボティクス株式会社 FoodDX事業統括部 統括部長 畑 達彦氏


Pudu Robotics社のレイオフ発表について

編集部

Pudu Robotics社の報道を聞いて率直にどう感じましたか?

畑氏

他人ごとではない、と感じました。日本の外食産業は、新型コロナウイルスの影響で大きな打撃を受けています。今は政府や自治体による行動制限は解除されたものの、未だ感染者の数が連日報道されている状況で、最近も過去最高の人数が発表された地域もあります。自粛している人たちもいるので、飲食業界としてはまだ決して楽観できない状況です。
ロボットは、労働力としてはローコストで活用できる反面、導入すれば月額の固定費がかかるので、将来の不安を抱えている状況だと、外食産業の経営者の方が積極的に導入を検討することは難しい。まだその段階ではないという印象です。
我々ロボット業界は外食産業にとってはまだ黎明期で、根雪として定着していないこともあります。楽観視はできません。

編集部

Pudu Robotics社は莫大な資金を集め、膨大な数の社員を雇って事業を展開。今年に入って更に多くのバリエーションのロボット機種を開発していることを発表しました。その結果、実際の売上に対して、開発費や固定費が膨らみ、経営上のバランスを失っていたため、”早めにレイオフをして、一気に広げすぎたビジネスを正常なバランスに戻す決断をした”という見方もできます。その一方で、コロナ禍等の影響などもあって、中国の外食産業のダメージが予想以上に大きく、配膳ロボット市場を大きく展開しただけの売上げが伴っていない、本当に困窮して立ちゆかなくなりはじめた状態という見方もあります。

畑氏

正直申し上げて、特定の中国企業の内情についてはわかりません。あくまで個人的な推測で言うならば、”スタートアップ企業にありがちなのが、膨大な投資を受けると、必要以上にラインアップを揃えたり、新しい機能を過剰に盛り込んだり、と、ビジネスの根雪が固まる前にR&Dに開発資金を注ぎ込んでしまう”ということです。それに対して市場が急激に落ち込んでいれば、事業運営は厳しくなりますよね。そういう状況なのかもしれません。しかし、実態は私にはわかりません。

編集部

DXに積極的な日本の外食産業やロボット業界の一部にも動揺が拡がっています

畑氏

中国の企業の中には、開発してサービス提供を始めるまでの時間も早いものの、撤退するのも早い企業もあります。
正直に申し上げて、外食産業においてロボットやハードウェアでビジネスを展開しようと思えば、このぐらいの状況がある程度の期間続いたとしても、乗り切れるだけの資金力であったりとか、耐性面を持ってないと、本来は踏み込んではいけない領域だと私達は思っています。
それはサービスを提供し続けるという責任にも通じると思います。ロボットを導入したら少なくとも3年や5年、サービスを使い続けられることをクライアントは期待していますし、それに応えるのに充分な体力、体制を持って事業を継続的に展開していくことが重要だと感じていますので、当社では充分に資金的な準備とノウハウを持って参入していますので、このようなことはありません。



SBRは『Servi』でアイリスオーヤマ向けに特別エディションを開発し、販売連携している。『Servi アイリスエディション』は2022年、株式会社NEXERが運営する日本トレンドリサーチによる配膳ロボットに関する調査において、3項目で第1位を獲得した


日本の配膳ロボットの状況は上向き

編集部

日本の状況を知りたいのですが、御社の配膳ロボットの引き合いは増えていますか?

畑氏

コロナ禍の状況が変わり始めた今年の4月くらいから、明らかにお客様からのお問い合わせや引き合いが増えています。特に、半年や1年前にご提案した際は”売上の確保”で悩んでいて「配膳ロボットの導入どころではない」と言っていたお客様の多くが、今は需要が戻り始めて「ロボットを含めて効率化・自動化を考えないとまずい」ということで、再度営業にお声がけ頂いてお伺いするケースが増えています。
コロナ禍が落ち着いて外食需要が回復すれば、必ずお客様に役立ててもらえるものだと確信していますし、配膳ロボットの需要自体は増えているのを肌で感じています。


SBRの配膳ロボット『Servi』は導入300ブランドを超え

同社が開発した配膳ロボット『Servi』の導入は300ブランドを超えた。飲食業界はコロナ禍で大きな打撃を受けたが、需要が徐々に戻りつつあり、それに伴って配膳ロボットの引き合いは急激に増えているという。また、既に導入している店舗で期待通り稼働しているため、他の店舗にも導入したいという複数台導入の需要も増えてきた。外食業界は、売上が回復すると今度は一気に人員不足の課題がふりかかるという事情がある。

畑氏

新型コロナウイルスが収束して客足が戻ると、外食産業の労働人口は加速度的に足りなくなっていくことは目に見えています。一部の大規模展開している企業は、今から備えないと需要が本格的に戻ったときに人員を確保できず、充分な売上をあげることができないのでは、という危機感を持っているところも多いと思います。それに備える手段のひとつとして、配膳ロボットによる自動化や支援を検討している店舗が多いのではないでしょうか。



『Servi』の操作パネル。テーブル番号を指定するだけで自動で配膳する。食べ終わった食器類を乗せて厨房(HOME)に下膳することもできる

編集部

本格的に売上が戻ってはいないけれど、戻ったら今度は確実に人員不足に陥る、そんな外食産業特有の事情があるんですね。御社への問合わせや引き合いの内容をもう少し詳しく教えて頂けますか

畑氏

例えば、「売上が高い店舗にまずは1台導入してみて、需要の回復度合いに応じて、順次、他の店舗にも追加導入していこう」とか、1台導入している店舗の需要と売上が伸びたので「もう1台追加して効率化を進めよう」という企業もいらっしゃいます。1店舗で複数台の導入も増えていて、その場合は群制御をネットワーク上でおこなえますので、複数台のロボットの位置を把握して動かすことができます。
いずれにしても需要の戻りがポイントだと感じます。



■ Servi導入事例 八芳園 アフターコロナを見据えて2台運用


現場の声「ES(従業員満足度)向上に繋がっている」

編集部

実際に配膳ロボットが役に立っているという、現場の声を紹介していただけますか?

畑氏

多くのお客様に定量的なベネフィットを提供できています。実際の声としては「一日の仕事から3~4時間分の人的作業を『Servi』によって自動化できている」という声を頂いたり、時間的な効率化の他に「重く不安定な料理をたくさん運ぶ重労働の作業をロボットで代替できて助かっている」といった、いわゆるES(従業員満足度)に繋がっているという声も頂いています。下膳ではお皿をたくさん重ねて持って下げるという作業は、スタッフの方にとって精神的・肉体的なストレスに繋がるそうで、これまではスタッフ不足でその負担やストレスは増す一方だったようです。

編集部

外食産業ではどのような店舗に配膳ロボットは特に有効ですか

畑氏

配膳ロボットは料理を運ぶのが仕事なので、調理場からテーブル等まで長い距離を運び、運ぶ料理が重たかったり、運ぶ回数が多かったりする現場はすぐに効果が出ると思います。その点では焼肉食べ放題の店舗はぴったりなユースケースのひとつですね。



スタッフの精神的・肉体的な負担やストレスが減れば、その分、来店客へのサービスの充実に繋がり、CS(顧客満足度)の向上が期待できるのは必然と言えるかもしれない。

なお、下げ膳のニーズは少しずつ増えているという。例えば、回転寿司の店舗ではテーブルにある食後の皿やコップ類をスタッフがテーブルからロボットに移し、ロボットが厨房の皿洗い場まで自動搬送する役割分担だ。スタッフによっては、汚れた食器類やゴミを運ぶのに負担を感じる従業員も少なくないので、ロボットの導入がここでもESの向上に繋がっているようだ。




『Servi』と『Keenbot』、2種類の配膳ロボット

ソフトバンクロボティクスは、実は2種類の配膳ロボットを取り扱っている。自社で開発した『Servi』と、中国Keenon Robotics社が開発した『Keenbot』(キーンボット)だ。Keenon社はソフトバンク・ビジョン・ファンドが支援していることでも知られている。

『Keenbot』は比較的大規模な施設で導入が進んでいる(写真は「Keenbot アイリスエディション」) 関連記事「最大4段の大容量トレーが特徴の配膳運搬ロボット「Keenbot アイリスエディション」発売 導入事例を公開 SBRとアイリスオーヤマ

『Keenbot』は『Servi』より大型のボディで、中国で既に多くの導入実績がある。『Keenbot』は日本国内はソフトバンクロボティクスが独占販売している。
通路が比較的狭い飲食店では小型の『Servi』が取り回しよく運用できる(日本の飲食店に合わせた設計と仕様の設定がおこなわれている)。また、大型の飲食店や、ホテル、ゴルフ場など、大きな施設では可搬重量が大きく、たくさん運べる『Keenbot』を提案している。また、飲食店でも下げ膳をメインにした店舗では一度に運べる量が多い『Keenbot』を提案している。このように店舗の規模や市場によってニーズが分かれているため、ラインアップとしての棲み分けができている。

■ Keenbot | シンガポール・シーフード・リパブリック東京 活用事例

畑氏

無人で無機質な完全自動化を目指した店舗を作ることを目的としている経営者はいません。いかに人とロボットが協働して、人が人らしく笑顔で働けるか、という点を大切にすることがESや顧客満足度に繋がります。そうなると、相対的にロボットには「スタッフがやりたくない作業や重労働を代替させたい」というニーズがあり、それに応えるのが我々のサービスということなります。

編集部

配膳ロボットに対して、現場から課題や追加機能の要望などはありますか?

畑氏

配膳ロボットとして追加機能のご要望は今のところありありません。あえて言えば、今後はPOSやレジ、オーダーシステムなど、既存の他のシステムと連動することで、飲食店にとって更に業務の自動化や効率化、DXが進められる方法があるか検討していく可能性はあると感じています。




「サービスレベルを一段引き上げるためにロボットが必要」

畑氏

「高いサービスレベルを維持したいのでロボットは必要ない」と言われることがあるのですが、導入されている方々はまったく正反対で「人がお客様に提供するサービスレベルを一段引き上げるためにロボットが必要」と言われます。
飲食業界はコロナ禍が収束したとしても、原価の高騰もあり、最低賃金の引き上げなど、厳しさは続きます。私達はソフトバンク全体として配膳ロボットによる効率化だけでなく、AIやセンサーなど多くのDXソリューションで、この難局を乗り越えて、総合的にお客様のベネフィットを高めるご提案ができますので、お気軽に相談して頂きたいと感じています。



導入先のひとつ『焼肉きんぐ』(物語コーポレーション)では「人がやるべきサービスと、ロボットで置き換えできる作業を分け、選択と集中を行うこと」を主たる目的として『Servi』を導入した。店内をキビキビと動き回り、料理を運ぶ姿を見かけた人も多いだろう。

配膳ロボット『Servi』を積極的に導入し、活用している『焼肉きんぐ』の現場。 (写真提供:物語コーポレーション)

注文のあった料理を乗せて、テーブルまで運ぶ『Servi』。せわしなく動き回るスタッフを縫うように狭い通路を進むシーンも見られる (写真提供:物語コーポレーション)

同社は他にもホームページで導入事例をいくつか紹介している。導入先にはコロワイドもある。コロワイドはグループで「ステーキ宮」「かっぱ寿司」「牛角」「しゃぶしゃぶ温野菜」「土間土間」「北海道」「甘太郎」「大戸屋」など様々なブランドで店舗を展開しているが、多くのブランドで『Servi』が導入されているという。これを鑑みると、どんな業態の飲食業でも配膳ロボットの導入効果は出ているようだ。

また、飲食以外でもスーパーマーケット、歯科医、病院、工場などでのユースケースも出ていて、『Servi』は配膳だけでなく自動運搬ロボットとしても活用されていることがわかる。

■ Servi 導入事例 山口歯科クリニック

配膳ロボットはすべて月額のレンタル契約でサービス提供している。修理やメンテナンスも月額に含まれているので、万が一、故障しても原則として翌日には代替機と交換するため、業務が長期間滞ることはない。また、バッテリーや消耗品も含め、修理代は月額に含まれる。例えば、泥酔したお客さんにロボットが絡まれて壊れたとしても無償の対象内だ。これだけ完全なサポートはあまり類を見ない。


スマート清掃の代行事業「SmartBX」

ソフトバンクロボティクスがロボットのレンタルサービスが安心して使えるように配慮されていることは前述したが、ロボットなどの最先端テクノロジーを使いこなせない企業に対しては、別のアプローチでサービス展開する動きも見せている。
2022年5月、ソフトバンクロボティクスは株式会社くうかんグループの「SmartBX」に出資し、合弁会社SmartBXとして次世代の清掃代行サービスに進出した。同社が開発・販売している業務用の清掃ロボットや先進のデジタル技術を活用し、清掃スタッフを派遣するスマート清掃代行業だ。

最大の特徴はセンサー等を導入して清掃品質を見える化して定量で評価するなどのDX化。床面・立面の清潔度をATP試験で測定、空気中の清潔度を空気品質センサーで測定等することで高クオリティの清掃サービスを提供する。

SmartBXが活用するデジタルツール群。SmartBXはソフトバンググループのネットワークを活用し、世界最先端のデジタルツールなどを活用

畑氏

ロボットと人が一緒に働いて有機的に結合することで、よりよいパフォーマンスが出ることを我々自身が清掃業務を実体験として実践しながら、それが世の中のスタンダードになっていったら素晴らしい、という思いで事業をやっています。



コロナ禍に翻弄されながらも、日本の外食産業は徐々に回復していて、配膳ロボットの引き合いも急速に回復しつつあるようだ。今後の動向も注視していきたい。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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