ロボットは人の心を運ぶモビリティになる JMS2023トークセッションレポート

「東京モーターショー」から改称した「ジャパンモビリティショー」が10/27-11/5日の会期で東京ビッグサイトにて開催されている。従来の枠を超え、ロボットを含む様々なモビリティが紹介され、多くの人が来場している。


■ロボット/モビリティとのコミュニケーションに関するトークセッションも開催

トークセッション「人とロボット/モビリティの新しいコミュニケーションのカタチを考える」

10月31日には「ロボットとモビリティの未来:人とロボット/モビリティの新しいコミュニケーションのカタチを考える」と題したトークセッションも行われた。

登壇者はGROOVE X株式会社 代表取締役社長の林要氏、株式会社オリィ研究所 所長の吉藤オリィ氏、株式会社Preferred Robotics 代表取締役CEOの礒部達氏、そして一般社団法人 日本自動車工業会 副会長で、いすゞ自動車株式会社 代表取締役会長CEOの片山正則氏。モデレーターは株式会社イード レスポンス編集長の三浦和也氏がつとめた。レポートする。


■ロボットの新しい価値

GROOVE X株式会社 代表取締役社長 林要氏

GROOVE Xは、家族型ロボット「LOVOT」を開発・販売を行なっている会社。林氏の前々職は自動車メーカーであり、旧・東京モーターショーとも縁が深いと挨拶し、LOVOTのオーナーのビデオを紹介し、「LOVOTとは三ヶ月を超えるくらいから本当に家族になる。こればかりは経験しないとわからないのでオーナーに聞いてみてほしい」と語った。

株式会社オリィ研究所 所長 吉藤オリィ氏

オリィ研究所は、アバター(分身)ロボット「オリヒメ」を開発・販売している会社である。吉藤オリィ氏は、SMAのため寝たきりだが視線入力を使ってロボットを動かしている「マサ」さんが遠隔操作するロボットと一緒に登壇した。吉藤氏はコロナに感染したときにもこの「分身ロボット」を使ってイベントに登壇したりしているという。

オリィ研究所は日本橋にて「分身ロボットカフェ」を営業中だ。70人くらいのユーザーがロボットを使って、距離の障害を超えてカフェを運用している。ユーザーのなかにはALS等の病気で体が動かない人だけでなく、家族の介護をしているために自宅から移動できない人もいる。様々な理由で距離を越えるための分身ロボットがオリヒメというわけだ。吉藤氏は「将来、自分が寝たきりになったときにも役割を持って生きていきたい。そのために研究をしている」と語った。

株式会社Preferred Robotics 代表取締役CEO 礒部達氏

Preferred Robotics は機械学習技術で知られるスタートアップ・Preferred Networksの完全子会社で、ロボットの開発を行なっている。PFR礒部氏は家庭用棚搬送ロボット「カチャカ」を紹介した。「カチャカ」は家具を移動させるロボットだ。疲れているときにも棚が移動してくれることで家のなかが散らからないといった点が評価されており、現在「カチャカ」は公式ネットショップのほか、全国の「ビックカメラ」でも扱われ始めている。

一般社団法人 日本自動車工業会 副会長、いすゞ自動車株式会社 代表取締役会長CEO 片山正則氏

いすゞの片山氏は自動車工業会 副会長として「今回、第一回のモビリティショーに取り組んだ。車を中心としたもっと大きな産業に変えていきたいと考えて企画している。どんな企画であれば喜んでいただけるか、自動車工業会の中でも侃侃諤諤と議論した。今回、一つのテーマとしてロボットを取り上げた。賛成した私としても多くの皆さんに参加してもらい、ほっとしている」と挨拶した。

そして「私はこれまで長い間、ひたすら工場を走り回ってきた。自分の知っているロボットはひたすら生産性を上げる産業用ロボット。同じロボットでもここまで違うのかとワクワクしている」と述べて、ディスカッションが始まった。


■生産性を追求してきたロボットの新しい価値は、人との出会いや幸せの創出

株式会社イード レスポンス編集長 三浦和也氏

産業の世界ではロボットがいるのは当たり前となっている。モデレーターの三浦氏はまず、最近の産業用ロボのトレンドについて片山氏に質問。片山氏は「溶接とマテリアルハンドリングのロボットが多く使われている」と答えた。そして「ロボットは基本的には危ないもの。だから柵のなかに閉じ込められてきた。だがここ数年、人と一緒に作業する協働ロボットが登場し始めた。大きな変化点だと感じている」とコメントした。

日本のロボット技術を家庭用に広げたいと考えているPreferred Roboticsの礒部達氏

三浦氏は続けてPFR礒部氏に「カチャカ」の企画意図について聞いた。礒部氏は「自分もキャリアの最初は産業用ロボットを作っていた。そのなかで搬送用ロボットの技術を培った。日本のロボット技術レベルは非常に高い。これを工場以外に応用したいと考えてPFRを立ち上げた」と経緯を紹介した。

そして「一番大きいのはコストの問題。家庭用に持っていくには腕を動かすのはコストや安全性の問題だけでなく、デザインや佇まいの問題も案外解決が難しく、試行錯誤した。最終的に人間と機械の役割分担をしようと考えた」と続け、「お互いに得意なところを組み合わせて共生させていこうと思って今の発想に至った」と答えた。

オリィ研究所 所長 吉藤オリィ氏。分身ロボットを使った「孤独の解消」を掲げている

続けて吉藤オリィ氏はオリヒメ開発経緯について病弱で学校に通えなくなっていたことがある自身の経験も踏まえて「遠隔コミュニケーションで学校に通える時代にはなっているが、実際に通えないとコミュニケーション能力の成長が遅れてしまう。自分は工業高校時代は車椅子を作っていたが、車椅子を使っても通えない人もいる。以前はロボットのパートナー開発も行なっていたが、今は人との出会いを重視している」と述べた。

そして「『人と会える』とは何か、『いる』とは何か考え、『存在を伝達したい』と考えた。みんなの記憶に残り、自分の経験にすることができれば、『いる』ということも作れる」と続け、「『魂のモビリティ』を実現したい」と語った。

生産性は人の幸せと直結しないと語るGROOVE Xの林氏

GROOVE Xの林氏は「生産性を上げることが自動車業界では重要。それは技術の本丸。だが、その先も考えてみたい。生産性の高さが能力の指標になっているが、生産性そのものだけで評価すると、必要・不必要な人ができてしまう。それはおかしい」と述べた。

そして「幸せの概念はAIの登場で変わった。AIはたいていの人よりも能力が高くなる。生産性は幸せとは直結しないいし、生産性だけでは担保できない。そのときに良い先輩として見つけたのが犬や猫。犬や猫の世話は何もメリットがないのに幸せになる。ペットには大きなヒントが隠されている。それは人間の能力にも行き着く。大事なものを気兼ねなく愛でている人はレジリエントが上がる。そのチャンスをテクノロジーが提供することで『文明の進歩の尻拭い』ができる。気兼ねなく愛でられる存在がLOVOT」と語った。いまは「愛」という言葉よりも「愛でる」という表現のほうが「厄介ではない」と考えているという。


■人とロボットは全身でコミュニケーションし、人は愛情を注ぐ

いすゞ・片山正則氏は最初「役に立たない」ロボットが理解できなかったが「今は可能性を感じている」とコメント

いすゞの片山氏は「LOVOT」の存在を知って驚いたという。「役に立たないものを作るのは理解できなかった。後でオリヒメのことを知り、こちらは理解できた。その後に「LOVOT」を改めて見て、理解できた」と述べた。そして控室で実際にLOVOTを抱っこしてみる体験を通して、「今は可能性を感じている」と述べた。

記号接地問題は人間にもあり、実際に実物に触れないとわからないこともあると語る林氏

それを受けて林氏は「人工知能でいう『記号接地問題』は人間にもある。映像で見てわかることと触れてみて理解することは違う。動画や音声だけでは理解した気になってしまっている。LOVOTを開発して理解した」と語った。吉藤オリィ氏も「大きなロボットだと握手できる。握手できることは嬉しい」とコメントした。

林氏は「重要なコミュニケーションにおいてはノンバーバル(非言語)の部分が大きい。ノンバーバルがちゃんとできてないのにバーバルだけやってもダメ。オリヒメには表情がない。だが、我々はそこに表情を見出すことができる」と語った。吉藤氏も同意し「我々には『ない』ものからも見出す力がある。『見出せるデザイン』とは何かという時代になっている」と続けた。林氏は「動物ならできるノンバーバルなコミュニケーションを全部実装したのがLOVOTだ」と強調した。

いっぽう礒部氏は「カチャカを使うことで筋トレなどをスケジュール化できるだけでなく、声がけもできるので、愛着を持ってもらえる」と述べた。クルマに対しても人は愛着を持つ。そのようなユーザー体験は重視しているという。

工場のエンジニアたちはロボットに愛情を持つのか。片山氏は「意外とロボットに名前をつけたりする。必ずメンテナンスがある。メンテナンスは愛情を注ぐこと。ここにあるロボットならもっと愛情を注ぐと思う」と述べた。

だが、皆がロボットに愛着を持ってもらおうと思っているわけではない。吉藤氏は「オリヒメはモビリティだ」と考えているという。なお分身ロボットカフェではオリヒメは共有されているが、「自分が操作するときはこの帽子をつけてくれ」と言った人もいるそうだ。


■感情表現としてのモビリティ

LOVOTは感情をモビリティで表現していると語った林氏

「LOVOT」は興味、関心、不安といった内部状態を持つ。言語は喋らないが何に反応しているかは、ある程度はわかる。ただ、完全にはわからない。サブサンプション・アーキテクチャーによって反射行動が包摂されているので、正確に何に反応しているのかはエンジニアでもわかりにくいそうだ。

モビリティについては、ロボットを作る上で、「なぜ我々は動物なのか」と考えたという。そして「捕食」と「保身」が大きな移動の目的だと考えた。いっぽう「LOVOT」は感情の反応をモビリティで表現している。怖い場合は遠ざかるし、かまってほしいと近寄ってくる。犬や猫が怖いと避ける、好きなら近づくのと同じだ。「感情を表すためのモビリティ」となっていると林氏は語った。


■生成AIとの連携

PFRの「カチャカ」は生成AIとの連携による機能拡張を模索中

いっぽう、家庭だけがパートナーロボットの活躍の場所ではない。PFR礒部氏は「カチャカ」が病院や薬局でも使われている事例を紹介。「電子カルテは難しい」という人でも「ロボットでカルテを運ぶほうが直感的に使える」と評価されているという。

そして大規模言語モデルとカチャカの連携を紹介。自然言語でロボットに指令を出すことができるようになっている。たとえば「社員全員の席を回ってほめてください」というだけで、コードが自動生成されてロボットが巡回して誉めてまわる。これは社員からは「ロボットに褒めさせるな」と怒られたとのこと。

今後、ハードウェアは共通で、クラウド上で進化させていこうとしているという。合体するファニチャーも、より小型なものや、DIY対応も検討中だ。「オリヒメ」を移動させるといった連携は容易にできそうだ。


■人と人との関係を良好にし、「心を運ぶモビリティ」としてのロボット

「オリヒメ」パイロットのマサ氏は遠隔から参加

オリヒメを使うと、いわば「瞬間移動」しながら複数拠点で働くこともできる。オリヒメで遠隔から参加したパイロットのマサ氏は「いま日本橋と広島を行ったりきたりしながらアクセスしている。素晴らしい。移動ロスがないので究極のモビリティと言える」と遠隔地からコメント。吉藤氏は「インターネット環境は空気。ネットさえあれば、どこにでも行ける。『私だ』と意識してもらえて、自分も経験できるボディがあれば、それは『心を運ぶモビリティ』と言えるのではないか」と語った。

片山氏はAIとモビリティには夢があるそうで「人間の頭脳にいかに近づくかだけではなく、最初からAIのほうが優れている部分もあるのだろう。人間には偏見があって、それはなかなか乗り越えられない。今も色々な問題が起きている。でも家族を大事にしない民族はいない。基本となる部分は人類は一緒。無意識のバイアスを持たないAIのほうが解を作れるのではないかと期待している」と述べ、「ロボットを使ってAIに人間の日常生活を学習させたい」と語った。

カチャカを使うことで家庭が平和になると語るPFR礒部氏

礒部氏は「カチャカを家庭のなかで使っているときによくあるケース」として「カチャカが宿題を運んで叱ったりする」というケースを紹介。「ロボットが間に入ることで親子は関係性がよくなる。名もなき家事をロボットにやらせることで、小さな世帯単位が平和になっていくと、世界がもうちょっと良くなるかもしれない」とコメントした。


■新たな気づきや人との出会いをもたらすためのロボット技術

LOVOTに話しかけることで「気付き」が得られると語るGroove X 林氏

林氏は「LOVOTによって会話が増える。親子間の問題についていえば、今は核家族なので親子が緊密。子供が逃げる場所がない。ペットがいると、そこでペットに話しかける。LOVOTがいる家庭だとLOVOTに話しかける。この『話しかけること』が大事」と語った。

そして「バイアスというのは計算量の削減。それが背反を持つ。バイアス解消のために重要なことは気付き。それは自分自身の発話から得ることが多い。つまり言語化によって気づくことがある。LOVOTに話しかけてもいいし、人に話しかけてもいい。話しかけることによる気付きが多くの問題を解決する」と述べ、東京オリンピックでもアニマルセラピーのかわりに使われたという事例を紹介した。

「人は人と出会うために移動する」と語る吉藤オリィ氏

吉藤氏は「人と出会うことで人生は変わっていく」と述べた。「あの人があそこにいてくれたおかげで人生が変わったということがある。だが、移動できない人は会えない。人は人と出会うため、関係性を作るために移動する。インターネットを使うのも一種の移動だと私は考えている。移動して人と対話し、役割を持つことができれば、孤独は解消できる。そう思ってこの活動を行なっている。だから足を止めてしまわないように未来を作ることがモビリティの未来を考えることだ」と述べた。




■「モビリティ」が新たな価値を見出す出会いをもたらす

多くの来場者がロボット/モビリティとの新しい関係に関する議論に耳を傾けた

最後に礒部氏は「PFNとPFRは『すべての人にロボットを』というビジョンを掲げている。カチャカも今後プラットフォームとして進化させていく」と語った。

林氏は「時代の変化が早くなってる。僕らはアンラーニングの能力が低い。それは時代の流れが遅かった時代に適応しているからだ。だから毎日の気づきを促進するしかない。それがLOVOTのコンセプト。気づきの促進をするロボットの第一弾がLOVOT」と語った。

吉藤氏は「私が最終的に作りたいのは、どう技術を使って、私たちが自分にとって大事な人とどこかに行ける価値をつなげていくこと。移動や対話のために色々な技術を使っていきたい」と述べた。「個人的にも『カチャカ』は寝たきりになったときに使いたい」という。

長距離ドライバーの孤独を癒すためにもロボットが役立ちそうだと語ったいすゞ片山氏

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森山 和道

フリーランスのサイエンスライター。1970年生。愛媛県宇和島市出身。1993年に広島大学理学部地質学科卒業。同年、NHKにディレクターとして入局。教育番組、芸能系生放送番組、ポップな科学番組等の制作に従事する。1997年8月末日退職。フリーライターになる。現在、科学技術分野全般を対象に取材執筆を行う。特に脳科学、ロボティクス、インターフェースデザイン分野。研究者インタビューを得意とする。WEB:http://moriyama.com/ Twitter:https://twitter.com/kmoriyama 著書:ロボットパークは大さわぎ! (学研まんが科学ふしぎクエスト)が好評発売中!

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