ソフトバンク株式会社は、AIを活用した「魚の鮮度やうまみの測定手法の確立に向けた品質規格標準化プロジェクト」を開始することを発表した。品質規格を標準化することで、生産者にとっては「魚の単価があがる根拠」となり、消費者は「安心して美味しい魚が買える」指標ができるとしている。
現在、果物は糖度、牛肉は等級のように、統一された品質規格が設けられているが、魚には一般的に用いられていない。厳密に言えば、魚の品質基準の一つとして、2022年に制定されたJAS規格の一つ「K値」で鮮度を測定する手法があるが、測定するためにラボに輸送することで鮮度に影響したり、測定コストが高いなどの課題があり、実際には普及していない。
そこで、ソフトバンクでは、魚の価値の向上を目指し、AIと機械学習を活用し、センサーデバイスによる非破壊検査で、鮮度だけでなく、簡単にリアルタイムにうまみ成分等を測定する手法を漁業や養殖業、飼料メーカー、流通、小売りや寿司販売などの企業や組合と連携、「うまみ指標の確立に向けたコンソーシアムを設立」して、それらを測定するしくみを共同で研究・開発・策定していく考えを示した。
発表にあたっては都内で報道関係者向け説明会を開催した。
報道関係者向け説明会では、このプロジェクトの実現に向けてコンソーシアムを設立した連携パートナーである、赤坂水産有限会社、愛媛県産業技術研究所、フィード・ワン株式会社、株式会社ライドオンエクスプレスが登壇し、漁業や養殖などの水産業、流通業、小売り業などが抱えている現状と課題を説明した。
なお、このプロジェクトは、愛媛県のデジタル実装加速化プロジェクト「トライアングルエヒメ」の2023年度の採択案件となっている。
ソフトバンクの取組方針としては、生産、流通、輸出それぞれに下記のような取り組みに注力することが必要、としている。
「うまみ指標の確立に向けたコンソーシアム」の設立の理由を理解するために、まずは水産業から小売りまでが抱えている課題を大まかにまとめてみよう。
漁獲量/養殖の生産量の減少
漁業が抱える課題は深刻だ。そもそも天然の漁獲量が激減していることに加えて、構成比率が高まっている養殖でさえ微減の状態にあるという。
一方で海外の養殖業の漁獲量(生産量)は増加しているため、日本の養殖業に改革が必要だという。
「なぜ世界で養殖業が成長しているか?」という課題に対して、ソフトバンクの須田氏によれば「天然資源にも大きく左右され、計画的な漁獲量を確保するのが難しい」状況を指摘し、「計画的に安定生産が可能な状況への変革」を掲げた。
天然魚は7割減、養殖魚生産量は10%減少
赤坂水産の赤坂氏も同じ意見だ。「世界的な水産物生産量の推移を見ると、1985年と比較し、天然魚は15%増、養殖魚生産量は10倍に拡大しているのに対して、日本は1985年と比較し、天然魚は7割減、養殖魚生産量は10%減少している」と、問題の深刻さを語る。
そして「日本の水産物生産量が伸びない3つの理由」として、「1.養殖も天然資源に依存しているため」養殖マグロ、ブリ、カンパチの多くは天然の稚魚から育成していること、「2.多くの魚種において安定的に飼育可能な海域が限定的」でサーモンやホタテは水温15℃以上で命の危機、マグロや青物は水温15℃以下の育成が困難であることを掲げた。その意味では「マダイ」は食べられる部分(可食部分)は30%程度と低く歩留まりはよくないものの、育成の温度域が広いため広範囲で養殖できる魚種のため実験にはよい、とした。更に「3.増産しても日本(と韓国)以外で売れない」とし、輸送に時間がかかる国や地域には輸出が難しい点も影響しているようだ。
ソフトバンクや赤坂水産は、養殖業の抱えるリスクをいくつか挙げて、養殖では品質のよい魚を育成したり、死亡率を下げるなど、給餌の品質や監視/管理体制の強化が重要になるとした。
魚の品質が規格化されていない/ブランド化できない問題
魚の価格は、魚種と重量で決められており、品質を示す指標がないため、美味しい物を相応に表示できない。また、前述の「K値」は鮮度を重視していて、魚のうまみに対して影響がある遊離アミノ酸等の成分は対象となっていない。実際には、活魚で輸送することが一番だがコストが高く、しめてから何時間/何日目めが美味しいと感じるかは、魚種や地域によっても異なるため、基準がないのはよくない。
魚を解体せずに、AIが成分を分析してレーダーチャートのように見える化し、品質を明らかにすることで、消費者にも解りやすく、取引する際の判断基準のひとつにもなる。
物流と運送、2024年問題と鮮度の関係
物流・運送業界に迫る「2024年問題」によって、長距離運転の労働時間が制限されるため、鮮魚での運搬可能範囲が狭くなることが懸念される。解決する手法のひとつが冷凍輸送だが、冷凍によって組織が変質したり破壊されてしまう事例も明らかになっている。品質に影響を与えない冷凍魚(冷凍法)を作り、品質を落とさずに輸送することが重要。
輸出量を増やして市場を拡大する
日本の食の代表のひとつである魚は長距離輸出が困難なので(赤坂水産の発言の通り、現状では鮮魚の輸出先はほぼ韓国まで)、新しく冷凍法や(従来種でも)冷凍にも強い魚を開発することで、品質に影響を与えずに遠方まで輸出可能にできないかを研究する。
魚の品質標準化プロジェクト
こうした課題と、その解決案を背景に、今回設立したコンソーシアムでは「おいしい魚」の定義と「冷凍に向いた魚」の定義を明確化していく。その分析結果を基に「魚のうまみの新たな規格作り」「おいしい冷凍魚のための規格作り」「リアルタイムで魚の鮮度、うまみを測定する新しい手法の確立」を行い、魚の品質規格標準化に向けた研究開発を開始する。
まずは、魚種をマダイに絞り、おいしい冷凍魚のための規格作りと、その測定方法の確立を目指す。その上でマグロやカンパチ、サーモンなど、他の魚種への応用を研究し、将来的には全ての魚種について規格作りと測定方法の確立を行い、日本の魚の品質規格標準化を進め、高品質な魚の国内外への流通拡大により日本の水産業の活性化につなげていきたい考えだ。
魚の鮮度・うまみのAI測定手法の確立に向けた研究開発
研究開発について、ソフトバンクの石若裕子氏(博士)によれば、冷凍と味の関係では「水分含有量と脂肪等の割合が冷凍品質には重要」という観点から「冷凍に向いた魚の定義が可能では?」と考えているという。
鮮度とうまみは必ずしも比例するわけではなく、熟成や歯ごたえなど様々な要素によって美味しく感じるケースも多い。鮮魚と冷凍を含め、それらの魚の鮮度やうまみ、歯ごたえなどをハンディセンサ(分光センサ)を使って簡単に計測し、例えばレーダーチャート的に示すような手法を確立することを目指す、とした。
ラボによる魚を解体しての成分検査や、人によるうまみに対する官能検査などのデータを機械学習し、AIが魚を非破壊のままでデバイスから成分を簡単に識別できるようなシステムを研究・開発していく考えだ。
各社の役割
赤坂水産
冷凍に適した魚の育成方法や締め方、加工、冷凍タイミングの検証
愛媛県産業技術研究所とフィード・ワン
K値や遊離アミノ酸などの化学的分析からうまみ成分の検討
ライドオンエクスプレス
官能テスト方法および指標作りのためのアドバイス。
フィード・ワン
冷凍に適した養殖魚の飼養管理の取り組み。
得られた知見を活用した、冷凍魚に適した専用飼料の開発。
ソフトバンク
ポータブル分光センサーを用いたリアルタイムでの鮮度や、うまみ成分の特徴抽出のための機械学習モデルの提供。
冷凍に適した魚の基準の明確化。
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。