NTTは、将来の超高速無線通信への応用が期待される300GHz帯において、無線通信を行うためのハードウェアである小型無線フロントエンドを実現した。
フロントエンド(FE)の小型化と広帯域化(データレート向上)のために、FEを構成する要素回路のワンチップ集積化に挑戦し、課題となる局部発振(LO)信号漏洩(LOリーク)を除去するためのFE回路構成を提案。本FE回路を、NTT内製の半導体技術であるInP-HEMT高速トランジスタ技術を用いて製作し、従来のFEと比較して動作帯域が大幅に広い小型無線FEを実現。小型無線FEを用いてデータ伝送実験を行い、300GHz帯において世界最高となる160Gbpsのデータレートを達成した。
本研究成果は、2024年10月28日(米国東部夏時間)に国際会議「IEEE BiCMOS and Compound Semiconductor Integrated Circuits and Technology Symposium 2024」にて発表される。また、本研究成果の一部は、2024年11月25日~29日に開催されるNTT R&D FORUM 2024 ―IOWN INTEGRALに展示が予定されている。
研究背景
6Gにおいては、没入型通信(Immersive Communication)や遠隔医療、自動運転など、様々なユースケースが提唱されている。このようなユースケースを支えるために必要となる100Gbpsを超えるような超高速無線通信の実現に向けて、広い帯域が利用可能なサブテラヘルツ帯(100GHz~300GHzの周波数帯)の通信応用が期待されている。
通信応用のためには、サブテラヘルツ帯において、電波の送受信に必要な機能(増幅や周波数変換など)を備えたハードウェアである無線FEを実現する必要がある。NTTは、300GHz帯において、超高速無線通信が可能なFEの研究開発に取り組み、FE要素部品の集積化により小型で超高速通信が可能なFEを実現し、300GHz帯にて世界最高のデータレート160Gbpsを達成した。
研究内容
IF(Intermediate Frequency, 中間周波数)信号は、FEで用いられるRF信号よりも低周波の信号。また、LO(Local Oscillator, 局部発振)信号は、IF信号とRF信号との間の周波数変換を行うミキサを駆動するための信号。
FEには、無線信号の送信を行うTransmitter(TX)と、受信を行うReceiver(RX)がある。FEは、ベースバンド/IF部で生成したデータ信号を300GHz帯のRF信号に周波数変換する機能を持つアナログ回路で構成される。TXは、周波数変換を行うミキサ、ミキサで発生したRF信号を増幅するためのRF用電力増幅器(RF PA)、ミキサ駆動に必要なLO信号電力を確保するためのLO用電力増幅器(LO PA)で構成される。RXは、ミキサ、受信RF信号を低雑音に増幅するための低雑音増幅器(LNA)、LO PAで構成される。300GHz帯のFEを実現するためには、これら構成要素部品を300GHz帯で動作させる必要がある。
NTTは長年培ってきた高速トランジスタであるInP-HEMT技術、および、高周波アナログ回路設計技術を用いて、300GHz帯FEの研究開発に取り組んできた。2020年には、製作したFEを用い、当時としては世界最高の120Gbpsのデータレートを実現している。
これまでのFEは、その要素部品である増幅器や周波数変換を担うミキサなどを個別のモジュールとして設計・製作し、それらを組み合わせた形態(バラック形態)で実現してきたが、要素部品を自由に組み合わせた柔軟なFE構成が可能である一方、次の2つの課題があった。
1:複数モジュールを組み合わせてFEを構築するため、FEのサイズが大きくなる
2:モジュール間の接続部(損失や帯域減少の要因となる)が複数存在することでFEの動作帯域が制限され、データレートの向上が困難
これらの課題解決のため、今回FE構成要素の1つの集積回路(IC)への集積(集積化)に取り組んだ。集積化により1モジュールでFEが実現できると「1」が解消され、モジュール間の接続部がなくなることで、「2」の解決にも繋がる。
FEの集積化を行うには、ミキサで生じる不要波であるLOリークが大きな課題となる。LOリークは、ミキサと一緒に集積される他の回路動作に悪影響を及ぼし、FEが伝送する信号の品質を劣化させるため、除去する必要がある。バラック形態では、LOリークを除去可能なフィルタを準備することによりこの問題を解決できるが、1つの集積回路内部でLOリークを除去することがサブテラヘルツ帯では困難だった。そこで、今回、サブテラヘルツ帯においても、集積回路内部でLOリークを除去可能な差動構成のFEを検討した。
差動構成のFEにおいては、ミキサ後段でLOリークを逆位相で干渉させることでLOリークを除去する。そのためには、ミキサを完全差動LO信号(振幅が等しく、位相が180°異なる2つのLO信号)で駆動することが必要になる。完全差動LO信号を生成するためには、差動信号発生回路であるバランに加え、差動増幅器が必要となる。差動増幅器には、バランから出力される差動信号に含まれる振幅の誤差、位相の180°からのずれを補正する機能(同相除去機能)が要求される。NTT独自の同相除去回路を、LO PAの各増幅段に適用することで、LO PAによる完全差動LO信号生成に成功した。さらに、LO位相反転回路(LOPI)を組み合わせることで、ミキサ後段でLOリークが除去される構成をとっている。これらの工夫により、従来構成(シングルエンド構成)に比べ、LOリークを1/250以下と大幅に抑えることができ、FEのワンチップ集積化に成功した。
FEを、300GHz帯の導波管結合器(リッジカプラ)を用いた独自の実装技術により金属パッケージに実装し、モジュール化を行った。ワンチップ集積化の結果、15cmから2.8cmへの大幅なFEの小型化も実現された。
また、FEの変換利得の周波数特性から、集積化によるモジュール接続部の排除により、従来のFEと比較して、大幅に動作帯域が改善されていることもわかる。
今回製作したFEの性能評価のために、測定系を用いてデータ伝送実験を行った。
LO信号の生成には市販の逓倍器とシンセサイザを用いた。FE動作帯域の拡大により、シンボルレート40Gbaudの広い帯域を用いて16QAM変調信号(変調多値度(一度に送信できるビットの数):4)を高い信号品質(信号対雑音比:16.5dB以上)で伝送できた。これは、300GHz帯において160Gbpsの伝送に成功したことを意味する。このデータレートは、300GHz帯のFEでは世界最高となる。
今後の展望・社会的意義
今回実現したFEは、TXとRXを直接接続してデータ伝送を行っている。今後TX, RXにアンテナを接続し、実際の無線環境における性能評価を行うことで、将来の超高速無線通信実現に向けたサブテラヘルツ帯の有効性を実証していくとともに、LO信号の発生部やIFの増幅器などの機能をFEに集積し、さらなる品質の向上に努めるとしている。
また、これらの研究開発を通して、6Gで提唱されている様々なユースケースを支える超高速無線通信の実現をめざすともしている。
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