フランスのEnchanted Tools(エンチャンティッド・ツールズ)社は、2023年2月14日、報道関係者向けにキャラクター・ロボット「Miroki」(ミロキ)の実機を日本で初めて披露した。「Miroki」の発売予定は2025年。初期ロットは500台を見込む。本体価格は1台3万ユーロ(約425万円)をターゲットにしている。販売目標は10年間で10万台(グローバル)。Pepperの3倍が目標。
CEOのジェローム・モンソー氏は「Miroki」が登場する短いアニメーション映像を公開した後、「Mirokiが私達の世界にやってきます」と紹介すると、映像の中から出てきたかのように身長123cmの黄色いロボットがゆっくりと報道陣たちが待つ部屋に自律移動で姿を現し、英語で自己紹介をした。
人とのインタラクションを重視するため、「Miroki」は周囲の人や会話をしている人の方向を見るように設計されている。これを同社では「アニマル・インタラクション」と呼んでいる。豊かな表情は「SPooN」と共同開発を進めている。
「Miroki」は、病院や学校、レストランなど、様々な施設でモノを運んだり、取ってくる役割を担うキャラクター・ロボットとしての活用を見込んでいる。
「Miroki」が報道陣の前に登場
「Miroki」が登場して「コンニチワ」と挨拶すると、ジェローム・モンソー氏は握手を交わし「Miroki」の手を引いたりして、「Miroki」が立っている位置を手軽に移動できることをアピールした。モンソー氏は、このようにロボットを手軽に移動できることは実社会においてとても重要なことだが、今までなかなか実現できなかった、とした。
なおデモでは「Miroki」には電源供給のためケーブルが接続されているが、フランスから空輸の際にバッテリーの許可が下りなかったため、ケーブル接続となっている(実際はバッテリーで動作する(最大8時間駆動))。
■「Miroki」が報道陣の前に登場
「魔導石」ツールを使ったユニークな機能
「Miroki」にはユニークな機能がある。モンソー氏が「魔導石」(ルーンストーン)と呼ぶボタン型の「Miroki」とBluetoothで通信するツールだ。魔導石を装着したスティック型のツールも用意される。
「魔導石」は「Miroki」が人、モノ、場所を認識する(シンプルに学習させる)ために利用できる。「魔導石」を複数用意しておき、例えばある魔導石を決めて、その魔導石の名前(例えば山田さん)を覚えさせると「Miroki」は魔導石と名前を紐付けて理解する。一般には名前を覚えるには顔認識が使われるが、この利点としては「山田のところに行って」と指示した時、山田さんの顔が見えなくても、この魔導石を身につけている山田さんが通信機能でどこにいるかを特定して、山田さんの元に行くことができる。
この機能は同様に場所や物にも応用することができ、ある魔導石スティックを「1番のトレイ」と記憶させておき、「1番のトレイを持って来て」と指示すると「Miroki」は1番のトレイを魔導石によって理解して持って来てくれる。
場所への応用では、ある魔導石を「寝室」と記憶、その魔導石を寝室に置いておけば、「Miroki」は寝室の場所を理解して指示に従って寝室に移動したり、逆に「寝室には入らないで」と指示しておくこともできる。
魔導石を組み込んだスティックを使ったデモを披露した。「Miroki」はそのスティックを認識して自律動作でモンソー氏からスティックを受け取った。例えば、ある魔導石を貼った袋を示して、「毎日、朝9時になったらこれを薬局に持って行って」と指示しておけば、「Miroki」が毎朝9時に袋を持って薬を受け取りに行くことも可能になるだろう。
■魔導石スティックを受けとる「Miroki」
なお、今回のバージョンでは「Miroki」がつかむことができるのはこのスティックのみに制限している。これはナイフなど人間にとって危険なものをつかむのを防止するため。
「Miroki」プロトタイプは、アクチュエータやケーブルなどの多くのパーツがむき出しだが、製品版はデザインをブラッシュアップし、パーツ類はカバーで覆われる予定。下の写真が製品化イメージ(モック)。これから24ヶ月かけてこのようなイメージにデザインされていくという。
キャラクター性とバックグラウンドのストーリーを重視
「Miroka」プロジェクトには、キャラクター性とバックグラウンドのストーリー性を重視している。今回紹介した「Miroki」は双子の男の子という設定で、双子の女の子の「Miroka」も開発している。
CEOのジェローム・モンソー氏は「ロボットを開発するだけでなく、物語とそのキャラクターを作りたい。男女の双子が登場する方が魅惑的でしょう」と語った。
モンソー氏は、SF作家アーサー・C・クラーク氏の三法則から「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」という言葉を引用し、開発中のテクノロジーを自ら「マジック」と表現する場面が何度か見られた。
「Miroki」の技術的な特長
「Miroki」の身長は123cm、重さは26kg。28の自由度(DOF)を持つ。移動速度は時速3.2km。片手で持てる重さは最大約1.5kg、両手では最大3kgまで。抱えるように持てば7kgまで持てるという。押したり引く力は15kgまで対応できる。
「Miroki」はボールに乗っているようなデザインが特長的だ。3つのアクチュエータとホイールがボールを制御して、バランスをとっている。
ディープラーニングではない手法でバランスを機械学習し、IMU(慣性計測装置)とCPUでリアルタイム制御を行なっている。15度までの傾きをして立ち続けることができ、万が一、転倒することを検知した場合は、三脚のような機構が出て、転倒を防止するという。
カメラはRGBとデプスカメラ、全体では12台の小型カメラが搭載されている。その他、ROS互換、SLAMや顔認識、音声認識など、ヒューマノイドに求められている機能はひととおり開発が進められている。
「Miroki」は片手で重さ最大約1.5kg、両手で最大3kgのものを持ち運ぶことができる。
想定するユースケースは「ソーシャル・ロジスティクス」
病院や各種施設で、物を運んだり、移動させること(ソーシャル・ロジスティクス)を代行することが、「Miroki」の当初の主な役割として想定している。これまでフランスの病院や大学などと連携してテストしてきたが、今後は日本のそれらの施設とも連携して実証実験をしていきたい、という。
モンソー氏は、「病院では看護士などが、物を運んだり移動するのに労働時間の約10%を費やしています。200床程度の病院では毎週、10万回以上の物の移動や運ぶ作業が発生しています。ホテルやレストランなど含めてソーシャル・ロジスティクス、物を運ぶ作業は様々な分野で必要されていると考えています」と語った。
PepperやNao開発時の知見を活かす
Enchanted Tools(エンチャンティッド・ツールズ)の「Enchanted」は日本語に直訳すると「魅惑的な」。
2021年にジェローム・モンソー氏は、2005年にブルーノ・メゾニエ氏とAldebaran Robotics(アルデバラン・ロボティクス)の設立に参加し、デスクトップサイズのヒューマノイド「ナオ」(NAO)の開発に従事した。副社長に就任し、ソフトバンクの孫正義氏やFoxconnのテリー・ゴー氏のPepper開発プロジェクトにも従事した。Softbank退社後、2015年にはSPooNを、2021年にはEnchanted Toolsを設立した。
2022年4月9日、ソフトバンクロボティクスグループ(SBRG)と独ユナイテッドロボティクスグループ(URG)は、ソフトバンクロボティクス・ヨーロッパ(SBRE)を株式交換によってURGの子会社にすることに合意した。
モンソー氏は、元Aldebaranや元SBREのエンジニアを集め、人型ロボット工学におけるフランス独自のノウハウを受け継ぐ企業として、フランスのソーシャル・ロボットとしては史上最大のシード投資(1500万ユーロ:約21億円)を受けて「Miroki」の開発に至っている。
「Enchanted Toolsは、商用実装が世界初となる技術を取り入れたソーシャル・ロジスティクス・ロボットを開発しました。人間を建物内の単純な配達業務から解放し、子供も怖くない病院環境作りに貢献するなど、世界的なインパクトを与えることを目指しています」と語っている。
ジェローム・モンソー氏 インタビュー
発表会の当日、報道陣からの質問にモンソー氏は次のように回答している。
質問
Pepperと比較して違いや優れているところはどこでしょうか
モンソー氏
まず、Pepperは最初に市場に出たヒューマノイドとして素晴らしいロボットです。販売するのには大きな勇気と決断が必要だったことでしょう。そのため孫正義さんをとても尊敬しています。
一方で、私達は人の代わりに物を運んだり、持って来たりできるソーシャル・ロジスティクス・ロボットに対して、市場のニーズが大きいと思っています。Pepperは何かをピックアップしたり、持つことはできなかったので、それが残念な点でした。2つめは簡単に人がPepperを移動させることができなかったことです。例えば、病院では業務によって看護士がロボットを簡単に移動させて、その場所で作業して欲しいと考えるでしょう。先ほどデモでお見せしたように、その点を「Miroki」は考慮しています。3つめは人とロボットの関係で重要なのは、お互いを見つめる「アニマル・インタラクション」と「ノンバーバルなコミュニケーション」、そして「ロボットとしてではなく実在している生き物のようなキャラクター性」だと考えています。「Miroki」はその点も重視して開発しています。
質問
現在、何人の従業員がいて、そのうち元アルデバラン(ソフトバンクロボティクス・ヨーロッパ)だったスタッフはどれくらいですか?
モンソー氏
このプロジェクトには4つの企業が関わっています。ひとつは今回紹介したEnchanted Tools社で約60人。キャラクターのデザインや動き、インタラクションは、私が設立したもうひとつの会社であるSPooNが担当しています(SPooNはアニマルインタラクションを採用したコミュニケーション・サイネージを開発、豊田通商が日本市場に紹介した経緯がある「関連記事:AI会話や遠隔ロボットで非接触の顧客対応を実現 多言語翻訳も「あいちロボットショーケース」レポート(4)」)。SPooNでは約30人が働いています。他にオルトパスやポレン・ロボティクス(Pollen robotics)から約15人ずつ従事しています。4つの企業合わせて110~120人がこのプロジェクトに関わり、うち1/3が元アルデバランやソフトバンクロボティクス・ヨーロッパにいたスタッフ達です。
質問
今回の発表、来日とデモの一番の目的はなんでしょうか?
モンソー氏
まず、アニメーションやキャラクターをたくさん生み出している日本の文化が好きで、チームにもそのようなメンバーがたくさんいます。日本を大切だと感じています。今回来日した目的は、具体的なビジネスが目的ではありません。まずは日本の皆さんに私達の会社を知って欲しい、私達が開発した新しいロボットの存在やコンセプトを知って欲しい、と考えています。また、一緒に開発してきたメンバー達と一緒に日本に来たかったということもありますね。
ビシネスの話は次に来日した時、5月に繋がりを創っていきたいと考えています。
■ Miroki in Hospital
■Presentation of Miroki, our prototype Robot & Character (FULL VERSION)
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神崎 洋治神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。