新作映画『SINGULA』堤幸彦監督に聞く「進化したAIが普及した未来はユートピアか? ディストピアか?」単独インタビュー

堤幸彦監督の新作映画『SINGULA』(シンギュラ)が、2023年6月7日、報道関係者向けに公開された。『SINGULA』は、15体のAIアンドロイドが集まり、「人類を存続させるか、否か」を討論する、ディベートバトルロイヤルの様子を描いた異色作。今年に入りChatGPTの登場など急激にジェネレーティブAIが注目されている、AIに注目が集まるまさに絶妙なタイミングで完成した。

堤幸彦監督の新作映画『SINGULA』 ポスタービジュアル

報道発表会の様子は別記事を参照してもらうとして、この映画を監督した堤幸彦監督の単独インタビューを今回はお届けしよう。『金田一少年の事件簿』『ケイゾク』『TRICK』や『SPEC』シリーズなど、日本を代表する監督のひとりとして知られ、Amazon Audible オーディオブック『アレク氏2120』も手がけてきた堤幸彦監督は「AIやロボットの普及をどう捉えているのか」。
また「ジェネレーティブAIがクリエイターやエンタテインメントの世界に進出していることをどう受け止めるのか」、そして「AIが普及する社会に待っている未来はユートピアなのか、ディストピアか」ぜひ聞いてみたい。

報道関係者に公開した『SINGULA』を監督した堤幸彦氏


人類の存在の是非を議論する15体のアンドロイド

編集部

まずは、新作映画『SINGULA』のMakuakeでのクラウドファンディングの目標達成おめでとうございます。
『SINGULA』は15体のAIアンドロイドが「人類を存続させるか否か」を議論するという、まさに「シンギュラリティー」がテーマの作品ですが、元々は一ノ瀬京介さん原作の舞台を堤監督が観て感銘し、映画化を提案したそうですね。舞台ではどこにもっとも魅力を感じたのでしょうか

★堤監督

舞台を観たときに、最も面白いと感じたのは「AIアンドロイドの15体それぞれに過去があるというところ」ですね。AIアンドロイドは情報学習能力を持ち、感情はありません。その一方で、例えば犯罪者だったなど過去の記憶がインストールされ、それを背負っているんです。それはとりもなおさず人間社会そのものだ、と感じました。「悪いものは悪い」「ダメなものはダメ」という一定の価値基準でアンドロイド達は人類の存在の是非を判断していきます。しかし、その価値基準自体が実は揺らいでいる・・これも人間そのものじゃないか、と。結局、15体のAIアンドロイドのディベートというカタチをとっているものの、「これは人間同士の議論でもあるのではないか」という一種のループ感に一番の面白さを感じました。

SF映画として有名な『2001年宇宙の旅』に登場するAI「HAL 9000」も、容姿は赤い非常ランプのように機械的でしたけれど、描かれる振る舞いはとても人間的でしたよね。以来、多くのSF映画でAIが描かれてきましたが、AIが人間の範疇や枠を超えたものはあまり見たことがない。この舞台を観たときも、結果的には人間が人間のことを語りあっているかのような描写に納得し、そこに大きな魅力を感じて映画化を勧めました。



この点は、『SINGULA』を観て著者も最も感銘を受けた点だ。ネタバレになるので詳細には触れないが、本編をご覧になる際は、AIと人間の関係性、人間の本質や尊さを絶妙に描いたやりとりに着目して頂きたい。


「今まで観たことがない映像になる」

編集部

本編では15体のAIアンドロイドが登場します。元の演劇では別の役者が演じていましたが、映画では15体全員をspiさん、ひとりが演じました。監督は発表会では、この奇抜なアイディアは「眠りかけた時にふいに頭に降ってきた」とお話しされていました。15体の各AIには、ひとりひとりそれぞれ過去や性格に違いがあるにも関わらず、基本的に容姿が同じなのは観客にとってはわかりづらい、という懸念はありませんでしたか?

★堤監督

大阪大学の石黒先生が自分の姿そっくりのアンドロイドをお作りになって、そのアンロイド同士が対話しているところをお台場のイベントで見て、興味深く感じました。それが今の質問の回答なのかな。アンドロイドだからといって突飛なものを創る必要は全くなくて、資本主義的な大量生産から、アンドロイドは同じ容姿をしていた方が自然だしリアルなのだろうと。実際「変なホテル」で受付をしているアンドロイドの女性は同じ顔をしていますし、近未来でも家事をしてくれるロボットはきっと同じようなデザインになっているでしょう。


そう考えると、それぞれの個性の違いを考え尽くして形やデザインを決めたり、キャラクターに応じて容姿を決めていくことは、むしろ必要なくて、逆にそこは決まり事として、同じ顔と服装のアンドロイドが大量生産された世界で、それぞれの考えをしゃべっている風景・・。そんな考えがある日、頭の中に降ってきたんですね。
実際の人間は、同じ場所に15人が物理的に存在できませんが、映像では同じ人間を何人でも同時に存在させることが技術的にはできる、そんなマジックが可能です。YMOが1970年代に既に「増殖」でやっていますよね(笑)。時間と手間はかかりますが、技術的には難しいことではありませんでした。
それですぐに「ひとりの役者でやりたい」「今まで観たことがない映像になる」と一ノ瀬さんに連絡したのです。


声色や身体性で演じ分ける

★堤監督

一方で、演じ分けるという点では、男性か女性か、性格によって訛りや姿勢など身体性に違いが出ています。また例えば、あるAIは元が殺人犯、それがアラバマで犯罪を犯したのか、ロンドンなのかによって言葉の訛りや動きが変わってくる。それをもしもハリウッド俳優が演じるとしたら誰だろう、ということを想定したり、その俳優が過去に演じたキャラクターを参考にすることで、個々を明確に設定して、spiさんは役作りや表現をしてくれました。

編集部

容姿は同じなので、観客はそれを役者の声や演技からくみ取る必要がある。それが見どころのひとつにもなっていますね

★堤監督

声の質も変えています。微妙な違いかもしれませんが、声にはスピードやキーなど、微かな変化をつけたり処理をしていて、音色は15体15色、すべて変えています。それによって誰がしゃべっているかを明快にしています。更に日本語字幕のテキストを喋っているAIのそばに表示するという、過剰サービスもしています。




ジェネレーティブAIはクリエイターの仕事を奪うか?

編集部

堤監督はAmazon Audibleでも聴く映画ともいうべきオーディオブック『アレク氏2120』(※1)という、「Amazon Echo」や「Alexa」を題材にしたSF作品も制作しました。私の印象では、監督は「最新のICT技術を積極的に作品に取り込んでいる」という印象がありますが、普段からICTに興味をお持ちなのですか?

★堤監督

全然、興味ないです(笑)。私の趣味は地理学なので、地層や大陸移動の方に興味があります。ただ、コロナ禍を経て、社会の軸が大きく移り変わってきているという変化は直感しています。
私はこの映画とは別に「SUPER SAPIENSS(スーパーサピエンス)」(※2)という「WEB 3.0」に関連したプロジェクトをおこなっています。「NFTとは何か」「ネット上における言語とはなんなのか」など基本的なところから研究・探究し、提案していきます。

編集部

ChatGPTなどが注目され、プロットや脚本をAIが人に代わって作れるようになるという意見も多く、AIが書いた小説が電子書籍としてそのまま売り出されていたり、ChatGPTが出力したストーリーからヒントを得て小説を書くというクリエイターも実際に出てきています。イラストや絵画、AIグラビアなどでもジェネレーティブAIが進出しています。これについて、監督はどう感じていますか?

★堤監督

AIの進化は凄いですね。しかし、AIはいまだ完璧な脚本を作ってくれるわけではありません。ハリウッドには実は20年くらい前から既に「脚本制作ソフト」といった類のものがあって、殺人事件や登場人物の対立などプロットや筋書きのアイディアを出してくれるシステムがあるんですね。では、そのシステムが世界を席巻しているかといえばそんなことはないですよね。特に日本ではほぼ使われていません。撮影の分野においてもテクノロジーは高度化してきたものの、まだ人の手による撮影という人間的な泥臭い作業が中心で、完全にテクノロジーにとって代わられるものではありません。
配信で映画が観られるようになった時代の変化の中にあっても「表現方法をどうするか」ということを考えるのが「SUPER SAPIENSS」であったり、この作品『SINGULA』であったりするわけです。
つまり、時代は大きく変化していながらも、私達が作品制作としてやっていることは実は変わらないのが実際なんです。

編集部

AIに仕事が奪われるという恐れもない、ということですね?

★堤監督

全くありません。
AIや最新技術は、利用できるものは利用しますが、根本的なところでは「来るなら来てみろ」という気持ちです。仮に「来週までおもしろい脚本を作らないといけない」という窮地に立たされたとしても、ChatGPTや検索サイトでネットの知識に頼るようなことはないんじゃないか、と感じています。もしもそうなることがあれば私たちの仕事はなくなるのでしょうけれど、そこまでのシンギュラリティは来ない。その段階では、ドラマや映画という概念自体がなくなっているのではないか、と私は思います。
そこで価値を帯びてくるのは生の舞台、目の前で人間が表現する舞台、古代ギリシャ演劇の野外劇場から始まってずっと廃れずに続いている舞台演劇です。逆に映画などの映像表現も生配信やライブ映像を人は求めていくだろうし、私達がやるべきフィールドはそこにあると思っていて、絶望はまったく感じません。


AIで故人を蘇らせたり、若い頃の自身を創る技術について

編集部

亡くなった歌手をAIで蘇らせたり、若い頃の自身をAIで再現するプロジェクトなどが盛んにおこなわれていますが、この手についてのお考えは如何ですか?

★堤監督

そこに新しい価値が生み出されていることは理屈では理解できるし、エンタテインメントとしては面白いのかもしれませんが、私は若々しいあの頃の歌手がAIで再現されて歌っている姿より、歳を重ねたご本人がそこで歌っている方がずっといい。例え、高い音程の声が出なくなったとしてもそれが自然でいいし、そういうものでしょう、と感じます(笑)。



進化したAIが普及する未来、待っているのは「ユートピア」か、それとも「ディストピア」か

編集部

AIが更に進化して人間にとって代わるような時代の先の未来には「ユートピア」があるという意見と、「ディストピア」が待っているという意見がありますが、監督はどちらだと感じていますか?

★堤監督

「ディストピア」なのでしょうね。ジョージ・オーウェルの小説『1984』など、昔から同様のことは語られてきました。人間の原罪にも関わることで、「人間は考えることを放棄したときに幸せがある」と思い描く、というか、「思考停止した中にユートピアがある」と考えるのはそのひとつだと思います。進化すればするほど「思考回路が閉じていく中に絶対の幸福があるかもしれない」と考えることは怖いことです。もしも、日本の社会でもその考えが主流になっていくのであれば、私は最後のテロリストとしてそうなっていく社会と戦ってもいい、と思っています(笑)。




『SINGULA』を観た人たちに考えて欲しいことは?

編集部

最後に、見終わった方々には、この作品を基に、どんなことをディベートなり議論して欲しいと思いますか。

★堤監督

この映画そのものに「是か非か」という議論は当然あると思います。まずはこの作品そのものの存立に対してザワザワして頂きたい。次に海外の観客の方たちの目線ではこの作品をどう受け止められるのか、それは気になっています。
見終えた後に議論していただきたいなと感じることは「人間、是か非か」ということと同時に、「それは人が判断できることなのだろうか」ということです。
「神の視点はあり得るのか?」「絶対的な価値基準は誰が持っているのか?」「絶対的な価値基準は誰も持ち得ないから戦争はなくならないのではないか?」「そもそもホモサピエンスとはそういう種族ではないだろうか?」。私がこの作品を通じて伝えたいメッセージはそこにあるし、皆さんでぜひ議論していただきたいことでもあります。
とはいえ、そんなメッセージを観客のみなさんに投げかける機会もないので「すごく変った好事家の映画だったね」という感想でも、それはそれで良いとも私は思っています。

編集部

今日は貴重なお話をたくさん、どうもありがとうございました。楽しかったです。

■ 映画[SINGULA(シンギュラ)]特報


※1『アレク氏2120』Amazon Audible オーディオブック 全12話

堤幸彦監督、山寺宏一、窪塚洋介、梶裕貴、三石琴乃、尾上松也、伊藤歩、波岡一喜、竹中直人など豪華俳優陣が声で競演。
https://www.audible.co.jp/pd/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E6%B0%8F-2120-Podcast/B09HL5GD1L


※2『SUPER SAPIENSS(スーパーサピエンス)』

堤幸彦氏・本広克行氏・佐藤祐市氏が率いるフィナンシェのエンタメDAO。各氏がサポーターと共に「原作づくりから映像化に至る全プロセスの一気通貫」に挑む超人類プロジェクト。
https://supersapienss.com/

堤幸彦氏(ディレクター)
 代表作:金田一少年の事件簿 上海魚人伝説、明日の記憶、20世紀少年3部作、天空の蜂ほか
本広克行氏(ディレクター)
 代表作:踊る大捜査線、亜人、PSYCHO-PASS サイコパスシリーズほか
佐藤祐市氏(ディレクター)
 代表作:キサラギ、ストロベリーナイト、累、名も無き世界のエンドロールほか

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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