「cuRoboはCPUベースの50倍高速」NVIDIAロボット分野にも注力、高評価の理由 ロボット/デジタルツイン/シミュレータ/強化学習の最前線 単独インタビュー

NVIDIAは、GPUを搭載した超小型AIコンピュータボード「Jetson」やデジタルツイン基盤「Omniverse」、シミュレータ「Isaac」を中心にロボティクス分野にも注力している。同社は「2023国際ロボット展」で菱洋エレクトロと共同ブースを出展し、ロボットアームによるデモ展示などを通してその姿勢を具体的に示した。

AMR開発用のシミュレータ「Isaac AMR」とAMRのリファレンスモデル「Nova Carter」(写真右)を展示

また、NVIDIAのGPU搭載のロボットやエッジデバイス、デジタルツイン、シミュレータをワールドワイドで導入している事例として、BMW、メルセデスベンツ、アマゾン、エリクソン、更にはシスコなどが公表されている。

米Amazonが導入した完全自律型ロボット「プロテウス」(Proteus)。Jetsonが搭載され、高度に知能化されている。OmniverseやIsaacのデジタルツインと連携している。(出展:NVIDIA 基調講演の動画より)

なぜ大手企業が次々にシステムを導入し、高評価を示しているのか。ロボスタではその全容を知るべく、Jetsonやロボティクス分野を統括しているムラーリ・ゴパラクリシュナ氏に単独インタビューをおこない、ロボティクスやデジタルツインに関する最新情報を語ってもらった。

NVIDIA スマートマシン事業 統括部長 ムラーリ・ゴパラクリシュナ氏(Murali Gopalakrishna)。米Amazonの導入事例を始めとして、ロボティクス分野に革新的な変化をもたらし始めたデジタルツイン「Omniverse」、「Isaac Sim」「Isaac ROS」「Isaac Gym」、そして「cuRobo」について聞いた。


NVIDIAがロボティクスやデジタルツイン分野で評価される理由

NVIDIAのGPUは、AI学習と推論だけでなく、ロボティクスやデジタルツインの分野でも評価が拡大している。その理由はどこにあるのだろうか?

ゴパラクリシュナさん

NVIDIAは元々、グラフィックボード向けにGPUを開発し、ゲームやビジネスでリアルなCGやデザインを創造する技術を蓄積してきました。そのGPUの演算能力をAI分野に活かして、機械学習やAIの推論に必要不可欠な技術を提供しています。今、海外を含めて「メタバース」や「デジタルツイン」が注目されています。どちらも同じもので、バーチャルワールド(仮想世界)を基盤とした技術です。NVIDIAがこの技術で優れていると評価を得ている理由は、グラフィック分野で培ってきたリアルな描画技術とAIの処理技術の両方を持っているからです。

BMWやメルセデスベンツも「NVIDIA Omniverse」でスマート工場のデジタルツインを運用している(画像はOmniverseでリアリスティックに作られたBMWの工場)



■BMW Group Celebrates Opening the World’s First Virtual Factory in NVIDIA Omniverse


スマート工場やロボティクス分野で採用されるデジタルツイン「NVIDIA Omniverse」

ゴパラクリシュナさん

3Dバーチャルワールドでは現実とほぼ同じものを再現することが重要です。それには、グラフィック分野で培ってきたリアルな描画技術とAIの処理技術の両方の技術がとても有効で、必要不可欠です。そのためNVIDIAの「Omniverse」「Isaac Sim」やプラットフォームが選ばれています。



Pixarが考案した「USD」に対応、OpenUSDの標準化のため「AOUSD」を設立

ゴパラクリシュナさん

3D業界ではPixar Animation Studiosが考案した「USD」(Universal Scene Description)というフレームワークやファイル形式が、オープンで拡張可能なエコシステムとして標準化になる傾向にあります。OmniverseはUSDにも対応しました。


USDは単なるファイル形式ではなく、3D仮想世界で構成、編集、クエリ、レンダリング、コラボレーション、シミュレーションを行うAPIを備えたエコシステムとして、多くのメリットがあります。映画やCGグラフィックスでUSD形式で作成したキャラクターやアイテムなどを、Omniverseなどの仮想空間にそのまま持ってくることもできます。NVIDIAは、OpenUSDのためにPixar、Adobe、Apple、Autodeskとともに、OpenUSDの標準化や開発を促進するオープンな非営利組織「AOUSD」を設立しました。




多くの企業がこれに賛同し、産業分野でもアセットを制作してエコシステムに参加しています。NVIDIAやAdobe、Appleなどプラットフォームやツールを提供している企業だけでは充分な環境は作れません。多くの産業がアセットを持ち寄ってエコシステムを充実させることで、デジタルツインが促進すると考えています。



米Amazonのスマート物流とデジタルツイン「Omniverse」

BMWやメルセデスなどの製造分野に加えて、米アマゾンのような物流分野にもOmniverseの導入事例は発表されている。

ゴパラクリシュナさん

Amazonは物流倉庫全体のデジタルツインを「NVIDIA Omniverse」で制作しました。その仮想世界の中で、ロボットやスタッフがどう動くのか、安全性を高めるにはどうすべきか、効率良く動かすにはどうするか、自動搬送ロボットの走行ルートや発送する商品の流れ、それらをリアルな仮想空間で充分にシミュレーションし、トレーニングして試行を繰り返した上で、現実の物流倉庫に反映します。

■Amazon Robotics Builds Digital Twins of Warehouses with NVIDIA Omniverse and Isaac Sim

その際もAutodeskやAdobeなどで作成したアセットを簡単にOmniverseに組み込めることがメリットになっています。エコシステムですから、例えば、ある有名なメーカーのロボットの採用を検討する場合、機種のデータをOmniverseにインポートして、一日から数日でOmniverseやIsaac Simの中で開発者は動作させることができます。





「Isaac Sim」の役割のひとつは合成データジェネレーション

ロボットのデジタルツインに重要なもうひとつのキーワード「Isaac Sim」。「Isaac Sim」は「Omniverse」とどのような関係にあり、具体的な役割はどのようなものなのだろうか?

ゴパラクリシュナさん

「Isaac Sim」の役割のひとつは「合成データジェネレーション」です。ロボットの技術が急速に進まない要因のひとつが開発から導入、運用がすべて高額なことです。この課題はデジタルツインが解決の鍵になります。


プロトタイプの開発を実機で繰り返すとコストがかかるので、仮想空間上のシミュレーションで試行錯誤し、最適なデザインや機能性を検討してから実世界でプロトタイプを作成します。実世界の実証実験では衝突や転倒による故障、その修理による開発時間のタイムロス、人と接触するなどの危険性も伴いますが、それらもシミュレーション上では衝突や転倒しても修理の必要はありませんし、人と接触するケースを予めシミュレーションで確認しておけば防ぐ施策をとることができます。「Isaac Sim」はそのように活用することで、ロボット産業の開発と運用を一気に加速することができるシミュレータです。

■Narrowing the Sim2Real Gap with NVIDIA Isaac Sim

日本でもよく利用されているデンソーウェーブのコボッタ、ユニバーサルロボット、Techman、川崎重工、ファナックなど、多くのメーカーがOmniverseやIsaac Simにインポートできるデータを提供し始めています。
これらを活用して、産業用アームロボット、ピッキングロボット、デリバリーロボット、自動搬送ロボットなど現在では約1200社がロボット開発に「Isaac」が使用されています。





ロボットの開発と運用を一気に加速するシミュレータ

ゴパラクリシュナさん

米Amazonのユースケースを詳しく知りたいということでしたね。Amazonが導入している「Omniverse」や「Isaac」の合成データジェネレーションに関する有効な事例を紹介すると、例えば、Amazonはクリスマスシーズンなど特別なシーズンやキャンペーンのときに、ラッピング包装や箱を一時的に変更します。しかし、ロボットの認識機能にとっては従来、こんな些細なことでも大きなシステム変更やトレーニングが必要となり、ロボットの作業を一時的に止めてAIモデルの試行やトレーニングの作業が必要でした。

米AmazonはOmniverseでデジタルツインを導入。商品の認識などにはAIが活用されている。

「Omniverse」や「Isaac」を導入した現在では、リアルのロボットは従来の作業を続けたままで、Omniverse上で新しいラッピングに対応したロボットの認識システムの変更、トレーニング、テストを充分にシミュレーションした後、実際のロボットに反映すればよいようになりました。
また、最近、同社が発表した完全自律型ロボット「プロテウス」(Proteus)等にはJetsonが搭載され、高度な知能化がされています。

米Amazonが発表した完全自律型ロボット「プロテウス」。Omniverse上でリアルに表現されている。Jetson搭載。





■Proteus Amazon Robotics Deploys First Fully Autonomous Robot With NVIDIA Isaac Sim



「Isaac Sim」が高精度なシミュレーションを実現できる理由

ゴパラクリシュナさん

「Omniverse」をデジタルツイン基盤として、ロボットの開発、運用、トレーニング等を支援するアプリケーション(シミュレーション)のひとつが「Isaac Sim」です。Isaac SimではURDFやUSDなど様々なフォーマットに対応し、ロボットのメーカーが提供しているデータをインポートすることができます。
なお、USDはまだスタートしたばかりで、URDFを使ったものも多いため、ほとんどのロボットメーカーが機種ごとに持っているURDFデータからUSDへの変換ツールを用意しています。


そして、カメラやLiDAR等、各種センサーからのデータを取り込んでそれを正確に反映してシミュレートすることが大切です。これらのセンサーデータの処理は自動運転で使っている「NVIDIA DRIVE SIM」の高精度な技術を活用しているため、「Isaac Sim」で正確なシミュレーションが実現できるのです。そこにはNVIDIAの高精度な「RTX」グラフィックス、レイトレーシングの技術もリアルな再現性に大きく関与しています。


これらの高精度技術とそのまま連携できて、超小型化した製品が「Jetson」です。最上位のGPUプラットフォームから、Omniverseデジタルツイン、Isaacロボティクス シミュレーション、高精度な自動運転シミュレーション、RTXレイトレーシングなど、ワークステーションやクラウドで開発・シミュレーションした技術を、ほとんどコード変更することなく、そのままシームレスに「Jetson」搭載したロボットに活かすことができます。




USDやURDF関連の拡張機能を続々とリリース


「Isaac ROS」でGPUアクセラレーテッドなROSロボティクスに

ロボット業界ではROSを使用しているケースが多い。ROSは多くの演算処理をCPUでおこなうので、画像認識やセンサーデータからの推論などAI関連を動かすには負荷が高い。
そこで、NVIDIAはROSに対応した「Isaac ROS」を追加で発表し、ROS開発者がJetsonなどのNVIDIA GPUを追加して、GPUアクセラレーテッドな動作環境をオープンソースで提供している。これにより今までROS環境で動作していたロボットに、AIを追加して高度な知能化がはかれるようになる。

ゴパラクリシュナさん

ROSのロボットも「Isaac Sim」にインポートしやすいように、ブリッジを用意しています。アームロボットなどマニピュレーションの技術に関するツールをIsaac Simに追加して、モーションプランニングなど、AI最先端技術を研究開発する施設「NVIDIA Research」の研究成果を反映しています。



「cuRobo」演算処理能力はCPUベースの50倍に

NVIDIAのAIソリューションの中核である「CUDA」にロボティクス用の機能を加えた「CUDA-Accelerated Robot Motion Generation」。「cuRobo」もまたオープンソースで提供している。これにより、ロボットアームなどのマニピュレータを高度に知能化し、演算処理能力はCPUベースの50倍に達するとしている。

NVIDIA Research
B. Sundaralingam , S. Hari, et al., cuRobo : Parallelized Collision Free Robot Motion Generation” (2023)
https://developer.nvidia.com/blog/cuda accelerated robot motion generation in milliseconds with curobo/

■Figure 1. cuRobo’s approach to motion generation

■Figure 2. cuRobo’s solution to motion generation problems

■Figure 3. cuRobo generates collision-free minimum-jerk motions




強化学習を支援する「Isaac Gym」

NVIDIAは、ロボティクスや自動運転には強化学習によるトレーニングが有効として、「Isaac Gym」を用意している。強化学習はタスクの目標と、繰り返し練習する環境だけを与え、AIが試行錯誤しながらタスクを実行(達成)するようになる機械学習の手法のひとつ。

ゴパラクリシュナさん

「Isaac Gym」は強化学習をおこなうためのツールです。例えば4脚の犬型ロボットに車輪をつけて、「Isaac Gym」上で車輪で走行するように強化学習をおこないました。シミュレーション上でAIエージェント犬が車輪で走れるようになったので、それを実物のロボットに入れて実践したところ、一度も車輪で移動したことのない犬型ロボットが一度も失敗せずに走行することができました。



シスコがテレカンファレンスにJetsonを導入

ゴパラクリシュナさんによると、現状で最もJetsonが活用されているデバイスはAIカメラだという。カメラ映像から様々な解析をおこなうシステムで、警備や安全確認、セキュリティカメラ等に活用されている。
新しい事例としては、米シスコがテレカンファレンスのシステムにJetsonを導入した。会議室の状況、何人が会議に参加しているか、何をしているかなどのアナリティクスをおこなっているという。(関連のNVIDIAブログ:Cisco and NVIDIA: Announcing New Devices and Experiences)

なお、ジェットソンの生成AI対応については別記事「NVIDIA Jetsonロボティクス・プラットフォームが生成AIに対応 エッジ環境やロボティクスでの生成AIの活用と効果、事例を紹介」をさんしょうのこと。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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