超音波で空中にリアルな触感を創るってどういうこと? NTTが触れずにつるつる・ざらざらなどの触り心地を演出する技術を発表

日本電信電話株式会社(NTT)は、超音波で空中にリアルな触感を創り出す技術を公開した。これは、5月20日より開催される「NTTコミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス2025」にて出展される。

体験デモブース。ゴーグルを使う手前のデモ機と、触感だけを体験できる奥のデモ機の2種類が用意されていた(東京会場の)「NTTコミュニケーション科学基礎研究所 オープンハウス2025」にて。

超音波による触覚技術自体には特別なデバイスの装着は不要だ。器具の装着なしのためユーザ負担の低い触覚技術として注目される(ゴーグルはリアル感を演出するために視覚を補助的に使用していると思われる)。



非接触の触覚、体験デモブース

この技術の一部は、東京大学との共同研究によるもの。超音波を皮膚に集中させることで生まれる強い力の感覚に、特定の周波数の振動を加えることで、何もない空中に力強い触り心地を創出する技術だ。
体験デモでは、差し出した手の平に超音波を集束させて焦点を作って、非接触の触覚を生みだす。

体験デモの様子。手のひらに超音波をあて、特定の周波数の振動を加えることで、手のひらに丸い玉が当たっているように感じる。

丸い玉が手のひらを移動していくような触感が体感できる

この成果では、超音波で生まれる力の感覚を増強する刺激条件を特定。さらに、複数周波数の超音波による刺激を自在に合成し、「つるつる」「さらさら」「ざらざら」などの多彩な触感を生み出す超音波触感シンセサイザを考案した。

奥の画面表示は体験者がVRゴーグルで見ている光景。丸い玉が通過する際に、その存在を手のひらに感じる

この技術を発展させることで、デバイスの装着なしにリアルな触感が感じられるXR体験の実現に貢献する。
この研究成果は触覚分野の国際会議「Eurohaptics conference 2024」で発表、Best paper awardおよびBest demonstration awardにノミネートされた。

体験ブースに用意されていた、別のタイプの超音波を利用した触覚装置。手のひらに触覚で物体を感じることができるデモ

■動画

【発表のポイント】
・超音波を皮膚に集中させることで生まれる強い力の感覚に特定の周波数の振動を加えることで、何もない空中に力強く多彩な触り心地を提示する新技術を考案。
・従来の超音波技術で提示できる触感は弱く、単調なものに限られていたが、この研究では、超音波に動きの要素を加えることで、強い力が提示できることを世界で初めて発見した。
・この新技術を用いることで、デバイスの装着が不要となり、ユーザ負担の低い力強くリアルな触り心地を体験できるXR空間の実現をめざす。


デバイスの装着なく触感を実現する手法を研究

NTTコミュニケーション科学基礎研究所では、人を深く理解し究める人間科学の基礎研究に取り組んでいる。これまでも、人の視覚や触覚の仕組みを解明するとともに、その知見をもとに世界初となる高品質な感覚体験を実現してきた。

人やモノに触れた感覚をユーザに伝えられる技術を確立することで、より没入感の高いXR体験や離れた場でのふれあいなど様々な応用が期待できる。一方で重たいデバイスの装着なしでは実現は困難だった。こうしたことから、この触覚提示を重たいデバイスの装着なく実現する手法として、超音波による非接触な触覚提示技術の研究が進められている。

この技術は、超音波を皮膚の狭い領域に集中(集束)させることで、物体に直接触れることなく、超音波の焦点部位に触覚を伝えるもの。しかし、従来の方法では、超音波で提示できる力が弱いこと、および、提示可能な触感が単調なものに限られるという2つの大きな課題があった。

今回、新たに多彩な触感を非接触に生み出す超音波提示技術を考案した(図1)。この成果はXR空間における豊かな触体験の実現に寄与するとしている。

【図1】成果の概要。非接触に力強く多彩な触り心地を生み出す超音波技術を考案。(成果1)超音波の力を強める刺激条件が振動でなく回転であることを特定。(成果2)複数周波数の超音波刺激の強度を調整して合成可能な触感シンセサイザを構築。つるつる、さらさら、ざらざらなど多彩な触感を生み出す。将来的には、遠隔でのソーシャルタッチやふれあい体験の実現につながる技術である。


「超音波焦点の5Hzの回転」と「超音波触感シンセサイザ」

今回、2つの研究を通して、これらの課題の解決に取り組んだ。

一つ目の研究では、超音波によって生まれる力の感覚を増強するための刺激条件を調査。これまでの研究では、より強い力を感じさせるための手法が模索されてきたが、どの要素が力を強める決定的な要因かは特定されていなかった。
この研究では「超音波焦点の5Hzの回転」が決定的であることを世界で初めて特定した。

二つ目の研究では、一つ目の研究で解明した強い力を生む要因を活用し、多彩な触感を生み出す超音波触感シンセサイザを考案した。普段、皮膚に加わる様々な周波数の触覚刺激を統合することで、多彩な触感を感じている。この研究ではそのような触感知覚の仕組みに着目し、複数周波数帯の超音波刺激を自在に合成することで、多彩な触感を非接触に生み出す技術を考案した。


1.超音波によって感じられる力を強める主要因を特定

一般的に、人は超音波焦点に触れると最大で0.01N(※解説1)程度の弱い力を感じるが、この焦点を肌の上で5Hzで回転させると、感じられる力は20倍程度まで増強されるという。
回転による刺激は、回転と同じ周期の皮膚振動や刺激範囲の拡大など様々な要素を含む。従来の研究では、超音波焦点の回転刺激のうち、何が感じられる力を強める決定的な要因なのかは特定されていなかった(図2)。
今回、超音波の焦点を回転させたときに皮膚に現れる5Hzの振動に着目し、調査を行なった。

【図2】成果1の位置づけ。焦点の5Hz回転で感じる力が強まることは知られていたが、回転は皮膚の振動など様々な要素を含む刺激のため、どの要素が力を強める主要因なのかは不明であった。本研究では、5Hzの皮膚振動と5Hzの回転そのもののどちらが主要因なのかを調査した。

焦点の回転により、軌道上の各点において5Hzの皮膚振動が生じていることがわかる。また、過去の研究では、振動子を用いて皮膚の1点に5Hz振動を提示した場合でも特異的に力の感覚が生じることが示されてきた。このため、超音波の焦点を皮膚上で回転させた際に感じられる力を増強するための決定的な要因が「刺激点の5Hz回転」なのか、「5Hzの皮膚振動」なのかは解明されていなかった。

この研究では、感じられる力を強める要因を調査するため、一定強度の超音波焦点の位置を皮膚上で5Hzで回転させた刺激と、超音波の強度をゼロから最大値の間で5Hzで変化させた振動刺激を生成し、それらによって感じられる力の強さを比較した(図3)。


参加者の左手には超音波刺激が、右手にはロボットアームによる押し込み刺激がそれぞれ提示され、この両者の刺激を比較することで超音波によって感じられる力の強度を定量化した。
実験結果より、5Hzの回転刺激は5Hz振動刺激より6倍強いことが分かったという。超音波によって感じられる力を強める主要因は「5Hzの回転」であることを示しており、超音波によってより強い力を提示するための技術の設計に貢献する。本研究成果は触覚分野の国際会議Eurohaptics conference 2024で発表し、Best paper awardにノミネートされた。


2.超音波の音圧をある周波数で揺れ動かす刺激を合成し、多彩な触感を生む超音波触感シンセサイザ

人は、様々な周波数を含んだ刺激を皮膚に受けることで、様々な物体の触感を知覚する。
この成果では、その中でも触覚受容器が敏感に反応する周波数である 5Hz、30Hz、200Hzを選び、これらの周波数の超音波刺激を自在に合成することで、多彩な触感を創出する新たな超音波触感シンセサイザを考案した(図4)。
まず、「1.」の研究で明らかになった知見を活用し、強い力を生み出す刺激として、5Hzで回転する焦点を提示す。さらに、その回転する焦点の提示力を30Hz、200Hzで変調させることで、超音波焦点を肌の上で振動させている。提示力変調の振幅を調整することで、最終的に提示される振動の強さが決定される。3つの周波数帯の超音波刺激を合成し、ユーザの肌に提示する。

【図4】成果2で考案した触感シンセサイザ。超音波焦点を回転させながら、その提示力を変調することで複数の周波数を合成する。その強度比を変化させることで、多彩な触感を創出する。

この技術を用いることで、様々な触感をユーザに提示できる。まず、物体に触れている感覚を焦点の5Hz回転による力の提示で再現できる。さらに、物体の表面を撫でた時に指に加わる振動を、30Hz、200Hzの合成で再現できる。結果的に、つるつる、さらさら、ざらざらといった様々な強さの粗さ感を自在に調整できるようになった。

本研究成果は触覚分野の国際会議「Eurohaptics conference 2024」で展示し、Best demonstration awardにノミネートされた(この成果は東京大学との共同研究によるもの)。


今後の展開

この研究では「超音波の力に回転の動きや特定の周波数の振動を加える」ことで多彩な触感を力強く提示できる新技術を考案した。
この成果を更に追究することにより、デバイスを身に着けることなく、リアルな触感を再現できる触覚インターフェースや触覚コンテンツの実現をめざす。例えば、遠隔でのソーシャルタッチやXRでのふれあい体験等に活用できる見込みだ。
NTTは「今後は、人が様々な物体に感じる触感の忠実な再現や感じられる力を強める触覚の仕組みの解明、更には人間の脳が触感を知覚する仕組みの解明にも発展させ、XRにおける世界初の触体験の実現に貢献します」とコメントしている。

【発表した国際会議の情報】
成果1
会議名:Eurohaptics conference 2024
題名:Towards Intensifying Perceived Pressure in Midair Haptics: Comparing Perceived Pressure Intensity and Skin Displacement between LM and AM Stimuli
著者:Tao Morisaki and Yusuke Ujitoko
DOI:https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-031-70058-3_9

成果2
会議名:Eurohaptics conference 2024
題名:Midair 3D Texture Display Using Focused Ultrasound Based on Superimposing Pressure Sensation and Vibration Sensation
著者:Tao Morisaki, Yasutoshi Makino and Hiroyuki Shinoda

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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