
ソフトバンク株式会社は2025年3月3日、「MWC Barcelona 2025」において、「AI-RAN」に関する5つの取り組みと成果を発表した。その中には、AI技術によって、モバイル通信など(RAN)の性能がどのように向上するか、実証実験の結果も含まれていた。同社は発表に先立って、報道関係者向け説明会を開催した。
「AI-RAN」とは
「AI-RAN」は、無線アクセスネットワーク(RAN)と同じコンピュータ基盤上にAIを統合する新しいアーキテクチャ。解りやすく表現すれば、現行の5Gなどのモバイル基地局にMEC(エッジAI)を設置して、AIで通信やネットワーク環境を効率的に制御したり、モバイルやエッジでのAIを基地局レイヤーで実行するというもの。同社が提供予定の製品名(サービス名)が「AITRAS」(アイトラス)だ。
富士通、レッドハット、arm、NVIDIAとの協力体制によって、研究開発を進めている。
CPUには省電力のArmを、更にGPUを搭載したNVIDIAの高性能サーバー「GH200」をモバイル通信の基地局と連携し、AIによる通信ネットワークの効率化と高品質化、エッジAIサービスの提供などをおこなうもの。
既に慶應SFC内で実証実験設備が稼働中
「AITRAS」は既に稼働環境が整備され、知見を蓄積しはじめている。
ソフトバンクは、以前よりAI-RANのコンセプトの一つであるAI技術によるRAN(無線アクセスネットワーク)の性能向上を目指した「AI for RAN」の研究を行っている。昨年11月には前述の「AITRAS」を発表、慶應義塾大学SFCに実証実験の設備を構築し、ユースケースを含めて、商用化に向けた実証実験を開始している。
ソフトバンク「全国20万基地局をAI-RANで作り直す」と公表
また、NVIDIAが2024年11月に開催した「NVIDIA AI Summit Japan」の基調講演で、NVIDIAはソフトバンクとAI-RANで連携する構想を発表。ソフトバンクも、その前日に「全国20万基地局をAI-RANで作り直す」と公表していた。
同社の「AI-RAN」の取り組み(変遷)については下記の通り。
・AI技術によるRANの性能向上効果を実証
・「AITRAS」、Arm ベースのNVIDIA プラットフォームを活⽤した
C-RAN とD-RAN のAI-RANアーキテクチャー実装の完了
・ローカルブレイクアウト技術を活⽤し、
「AITRAS」上のエッジAIサーバーへセキュアにアクセスする機能を開発
・ソフトバンクとレッドハット、AI-RANのデータセンターにおける
消費電⼒を最適化するソリューションを開発
・ソフトバンクとノキア、1台のサーバー上でAIとvRANの共存と
最適なリソース割り当ての⾃動化を実現
AI技術によるRANの性能向上効果を実証
この記事では「AI技術によるRANの性能向上効果を実証」について解説しよう。
今回、「AI for RAN」の実現に向けて、「アップリンクチャネル補間」「サウンディング参照信号の予測」「AIを活用したMACスケジューリング」の、3つの無線性能向上のためのユースケースを検証し、それぞれRANの性能向上効果を実証が確認できた。
これら3つのユースケースにおける無線性能向上は、顧客の通信品質向上と、ソフトバンクの無線ネットワークのキャパシティー拡張への可能性が見えてきた。
同社は、増大する無線ネットワークのトラフィックに対応するため、新たな基地局設置によるキャパシティーの拡張を行ってきたが、今回、実証した「AI for RAN」の効果で、新たな基地局を設置することなく、キャパシティーの拡張が可能であることが示された、として、「AI for RAN」により基地局への投資を抑えることに繋がると期待できる。
アップリンクチャネル補間(UL Channel Interpolation)
5Gで主に利用されているTDD方式(時分割方式)では、アップリンク(Up Link: UL)に使用できるスロットはダウンリンク(Down Link: DL)に比べて少ない。特に、マルチモーダル生成AIアプリケーションによって生成されるAIトラフィックは、従来の音声およびデータアプリケーションと比較して、アップリンクとダウンリンクのトラフィック比率が高くなると予想されている。そのため、より効率的なデータ送信を行うことが求められる。そのパフォーマンス向上には、基地局側で受信する信号に対してチャネル推定精度を高める必要がある。
移動通信環境では、時間や位置、無線の使用状況や干渉波など、さまざまな要因により無線環境が複雑に変化していて、チャネル推定精度の向上がより重要になるとされている。
ULユーザースループットが約20%改善
ソフトバンクは、AI技術を用いたチャネル推定精度向上のため、ラボ環境においてスマートフォンを用いた実証実験を行い、従来技術とAI技術の比較試験を行った。その結果、品質が悪いエリアにおいて、ULユーザースループットが約20%改善することが確認できた。
この技術が適用された基地局では、干渉が強い環境下でも、ULの通信速度の低下を抑制し、動画や画像などのアップロード時の通信体感の向上を実現する。
この取り組みは、ソフトバンク、NVIDIAおよび富士通株式会社の3社が協業し、NVIDIAが実証検証のために「NVIDIA GH200 Grace Hopper Superchip」をベースとした「ARC-OTA」(Aerial Research Collab – Over The Air)の商用テストベッドの提供と、「NVIDIA AI Aerial レイヤー1」ソフトウエアのカスタマイズを、富士通とソフトバンクがAIのデザイン・開発を、富士通が組み込み用インターフェースの開発を、ソフトバンクが全体のコーディネーション、実証実験環境の構築と評価をそれぞれ担当し、評価したもの。
サウンディング参照信号の予測(SRS Prediction)
5Gおよび6Gでは、基地局のテクノロジーの進化によって、アンテナ素子数が増えたマッシブアンテナ(Massive Antenna)によるビームフォーミング性能の向上が期待されている。
「ビームフォーミング」は、TDD方式では、端末から送信されるサウンディング参照信号(Sounding Reference Signal: SRS)を用いて伝送路の推定(端末の位置推定)を行うことが一般的。
SRSは、端末から一定の間隔で基地局に送信されるが、基地局と通信する端末の数が増えるとSRSの送信間隔が長くなる。SRSを受信しないタイミングでは伝送路の推定を行うことができないため、SRSがどのように変化するかを予測する必要があるが、端末の移動速度が速い場合、チャネル変動が大きく、SRSの予測が難しくなる。
この予測が外れた場合、誤った情報に基づくビームフォーミングを行うことにより、返ってパフォーマンスの低下が懸念される。
DLスループットが約13%向上
今回ソフトバンクは、受信しないタイミングのSRSをAIが予測することで、通信性能改善の検証を実施した。検証にはシステムレベルシミュレーター上で、多層パーセプトロン(Multilayer Perceptron: MLP)アルゴリズムのAIを使用した。検証の結果、時速80kmで移動する端末のDLスループットが約13%向上することが確認できた。
AIを活用したMACスケジューリング(MAC-Scheduler)
マッシブアンテナによりビームフォーミング性能が向上するため、「MU-MIMO」(Multi-User Multiple Input, Multiple Output)を用いたユーザーの多重化による、セル容量の増加が期待されている。
しかし、MU-MIMOによる多重化を行うためにはユーザー間の相関関係や無線品質、MACレイヤーでの無線リソースの割り当てを行うスケジューリング(MACスケジューリング)の優先順位などを考える必要があり、さまざまな要素を考慮しなくてはならない。さらに、端末の台数の組み合わせによる膨大なマトリクス計算が発生し、処理が複雑になっている。
ユーザー平均スループットが約8~9%改善
ソフトバンクは、AI技術を活用してMACスケジューリングを行うことで、効率的なペアリングによる性能向上の検証を行なった。システムレベルシミュレータ上でMLPアルゴリズムを用いてMACスケジューリングを行った結果、ユーザー平均スループットが約8~9%改善することを確認した。
「システムレベルシミュレーター」を開発
さらに、ソフトバンクは、AI技術によるRANの高性能化の検証を効率的に行うため、検証基盤として「システムレベルシミュレーター」を開発した。システムレベルシミュレーターを用いることにより、さまざまなAIによる効果を効率的に検証することが可能になるという。
各社のコメント
ソフトバンクは「今後もAI技術を駆使した通信技術の開発を進め、より高品質な通信サービスの提供を目指していきます」と語り、ソフトバンクの執行役員 兼 先端技術研究所 所長の湧川隆次氏は、次のようにコメントしている。
ソフトバンク
ソフトバンクが推進する『AI for RAN』は、AIによってRANの性能向上に大きな効果をもたらすことを示しています。AIを利用するために通信仕様の変更をする必要がなく、実装においてこのような高い性能向上を達成できることは、通信業界におけるAIの革新を通して、われわれのインフラが大きく進化する可能性を示唆しています。ソフトバンクは引き続きイノベーションを進め、お客さまに最高の通信体験を提供することを目指していきます
NVIDIAのVice President of TelecomsのSoma Velayutham氏は、次のように述べている。
NVIDIA
ソフトウエア定義プラットフォームとともに無線信号処理に組み込まれたAIは、従来の技術では達成できなかった変革的な向上をもたらし、継続的な性能と効率のベンチマークを設定することを可能にします。NVIDIA AI Aerialを活用したソフトバンクのRAN向けAIの革新は、AI-RAN技術の進展において重要なマイルストーンを示し、AIによって卓越した性能と効率を実現する能力を強調するものです
富士通株式会社 執行役員EVP システムプラットフォームビジネスグループ 副グループ長の水野晋吾氏は、次のようにコメントしている。
富士通
富士通はこれまでGPUを採用した高性能なvRANソフトウエアの技術開発に取り組んできました。
今回、ソフトバンク、NVIDIAとの共同研究において、アップリンクの性能改善に富士通のAI技術が貢献できたことは、これからの無線技術とAI技術の融合による無線ネットワークの高度化に向け、意義深い成果になったと考えています。これからもAI技術を含めた新たな技術開発が、より多くのお客さまと社会へ価値を提供していくことを期待しています
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神崎 洋治
神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。