NVIDIA、量子プロセッサ「QPU」に言及 「量子のしくみ、期待される役割、実用時期」等を解説、QODAベータ版は年内リリースへ

NVIDIAが同社ブログの中で、量子プロセッサ「QPU」について言及し、実践の時期などに触れている(筆者:RICK MERRITT氏)。同社はまだ「QPU」を商品化やその予定も発表はしていないが、次世代テクノロジーとして研究を進めている。ブログから引用し、量子プロセッサに迫る。



「QPU」とは何か?

QPUは量子プロセッシング ユニットの略称。量子プロセッサとも呼ばれ、量子コンピューターの頭脳の役割を果たす。電子や光子といった粒子の振る舞いを利用することで、”ある種の計算”を従来のコンピュータのプロセッサよりもはるかに高速に演算を実行する。
現在、アクセラレーテッド コンピューティングを実現している「GPU」や「DPU」は、新型チップの「QPU」が量子コンピューティングの可能性を引き出す上でも貢献している。

QPU(量子プロセッシング ユニット) を手にしてみると、GPU (グラフィックス プロセッシング ユニット) や DPU (データ プロセッシング ユニット) と見た目や感触が似ているという。ただ、これらはすべて一般的にはチップ、あるいは複数のチップを搭載したモジュールだが、QPUの内部はまったく異なっている。


量子コンピュータと古典コンピュータ

QPU は、量子力学と呼ばれる比較的新しい物理分野で説明される、粒子が一度に複数の状態をとることのできる「重ね合わせ」といった性質を利用する。
一方、CPU や GPU、DPU はどれも、古典物理学の原理を電流に応用したもの。そのため「量子コンピュータ」に対して、現在のシステムは「古典コンピュータ」とも呼ばれている。
QPU には、暗号化、量子シミュレーション、機械学習の発展や、最適化をめぐる難題の解決への期待が寄せられている。

■QPUとGPUとの比較




量子プロセッサのしくみ

CPU や GPU がビット (0か1を表す電流のオン/オフ状態) で計算を行うのに対し、QPUは Qubit (多様な量子状態を表現できる量子ビット) で計算を行うことでその独自の能力を発揮する。
量子ビットとは、コンピューター サイエンティストが QPU 内の粒子の量子状態に基づいてデータを表すのに使用する抽象概念。時計の針のように、量子ビットは確率の球面上の点のような量子状態を指し示す。
QPU の能力はよくQPU中の量子ビット数で表される。研究者はQPUの全体的な性能のテストや測定を行うための新たな方法を開発中だ。


多様な量子ビットの生成方法

企業や学術機関の研究者は、QPU 内で量子ビットを生み出すにあたって多種多様な手法を利用している。昨今もっともよく使われるアプローチは、「超伝導量子ビット」と呼ばれるもの。基本的に1つ以上の小さな金属のサンドイッチ構造である「ジョセフソン接合」から成り、電子が2つの超伝導体間の絶縁層を通過する現象を利用する。

IBM の超伝導 QPU 「Eagle」 内の量子ビット

この最先端技術は、1つのQPUにそのような接合を100以上生成する。同アプローチに基づく量子コンピュータは、ハイテクシャンデリアのような強力な冷却装置によって絶対零度近くまで温度を下げることで電子を分離する。(以下の画像を参照)


光の量子ビット

企業によっては、量子プロセッサで量子ビットを形成するのに電子ではなく光子を使っている。そのような QPU には、電力消費量の多い高額な冷却装置が不要な代わりに、光子を管理するための高度なレーザーとビーム スプリッターが必要になる。

超伝導量子コンピューター用冷却装置

研究者たちは、QPU 内で量子ビットを生み出して接続するために、他の手法を使って開発している。たとえば「量子アニーリング」と呼ばれるアナログ・プロセスが使われている場合があり、そのような QPU を採用しているシステムの用途は限られているという。
いずれにせよ「量子コンピューターの黎明期の今はまだ、どのような「QPU」が今後普及するかはまだ明確になっていない」と語っている。


シンプルなチップとエキゾチックなシステム

理論上、QPU は古典プロセッサよりも必要な電力や生成される熱を抑えられるかもしれないが、QPU を搭載する量子コンピュータは、消費電力が大きく、価格も高くなると予想されている。
その理由は、量子システムは通常、粒子を正確に操作するうえで専用の電子制御または光学制御サブシステムを必要とするため。また、ほとんどが粒子に適した環境づくりのために、真空エンクロージャーや、電磁シールド、あるいは高度な冷却装置を必要とする。

フル システムでの量子ビットと QPU を示す D-Wave

こうした理由もあって、量子コンピュータはスーパーコンピューティングセンターや大規模データセンターに設置されることが予想されている。


QPU に期待される役割

こうした複雑な科学や技術によって、研究者は量子コンピュータに搭載された QPU が、用途によっては驚くべき成果をもたらすと見込んでいる。特に、4つの有望な可能性に期待を寄せている。

まず、コンピューターのセキュリティをまったく新しいレベルへと引き上げる可能性。
量子プロセッサは、暗号化の中核機能となる膨大な数の因数分解を高速に実行できる。つまり、今日のセキュリティを簡単に破ってしまう一方で、量子を使えば、これまでにない格段に強力なセキュリティを開発することも可能になる。

また、QPU は原子レベルでの物質の振る舞いについて量子力学のシミュレーションを行うのに理想的だ。化学や材料科学の根本的な進歩を可能にするため、航空機の軽量化設計からより効果的な薬の開発まで、あらゆる分野でドミノ効果が生まれることが期待されている。

ほかにも研究者は、金融や物流といった分野において、古典コンピュータでは計算に膨大な時間がかかる「最適化の問題」を量子プロセッサによって解決できると期待している。さらに、機械学習の進化まで期待できるとしている。


では QPU の実用化はいつか?

量子分野の研究者は、QPU の実用化はまだ先の話になりそうと見ている。課題はあらゆる領域に及んでいる。
ハードウェア レベルでは、QPU に現実世界の仕事の多くに対応できるほどの性能と信頼性はまだない。ただし、初期段階の QPU、そしてそのシミュレーションを「NVIDIA cuQuantum」などのソフトウェアで行う「GPU」が、研究者の役に立つ成果を見せ始めている。特により高性能なQPUの構築と量子アルゴリズムの開発方法を探るプロジェクトで顕著だとしている。

研究者は、Amazon、IBM、IonQ、Rigetti、Xanadu をはじめ各社から提供されているプロトタイプ システムを利用している。また、この技術の可能性に気付き始めている世界中の政府機関が、これまでより大規模かつ野心的なシステムの構築に向け多額の資金を投じている。


量子プロセッサをプログラミングするには

量子コンピューティング用ソフトウェアはまだ初期の段階だ。
その多くは、プログラマが古典コンピュータの黎明期に苦労を強いられたアセンブリ言語のコードのようなもので、開発者は各自のプログラムを実行するうえで基盤となる量子ハードウェアの詳細を理解する必要がある。

しかしここでも、あらゆるスーパーコンピュータで機能する単一ソフトウェア環境 (一種の量子OS) の実現という究極の目標に向けた、進展の兆候が見られている。

いくつかの初期プロジェクトが進行中だが、どのプロジェクトも現在のハードウェアの制約に悪戦苦闘しており、なかには企業のコード開発における限界がネックとなっているケースもある。
たとえば企業によっては、エンタープライズ・コンピューティングの深い専門知識がありながらも、量子コンピューティングの科学技術研究の大半が行われるようなハイパフォーマンス環境における経験が不足していたり、量子コンピューティングとの相乗効果を発揮するAIの専門知識が不足したりしていると指摘している。


ハイブリッド量子システムの導入

研究コミュニティは、しばらくは古典コンピュータと量子コンピュータが併用されるだろうという見解を明らかにしている。つまり、ソフトウェアは、QPU、CPU、GPU のどれにおいても問題なく動作する必要がある。

2017 年の論文で研究者チームが解説したハイブリッド型の古典/量子コンピュータ

量子コンピューティングを前進させるため、NVIDIA はハイブリット量子システムのプログラミングに対応したオープン・プラットフォーム「NVIDIA Quantum Optimized Device Architecture (QODA)」を最近発表している。
QODAは、簡潔かつ表現豊かな高水準言語が含まれているため、優れたパフォーマンスと使いやすさを持つ。QODAを利用することで、開発者は「量子コンピュータのQPU上」と「古典システムでQPUのシミュレーションを行うGPU上」で動作するプログラムを作成できるようになる。

NVIDIA QODA は、あらゆるハイブリッド型の量子/古典コンピュータのプログラミングに対応した統合プラットフォームを開発者に提供する、としている。


QODAでは、あらゆる種類の量子コンピュータとQPUをサポートする予定

リリース時には、Pasqal、Xanadu、QC Ware、Zapata といった量子システムとソフトウェアのプロバイダーが、QODA のサポートを表明した。ユーザーには、米国および欧州の主要なスーパーコンピューティング・センターが含まれている。
QODA は、科学や技術分野、そして企業ユーザーの HPC および AI ワークロードを加速する CUDA ソフトウェアで培った NVIDIA の幅広い専門知識に基づいているとしている。
同社ブログでは、年内には「QODA」ベータ版リリースが予定されており、2023年以降のQPUの展望は明るい、と記している。

原文(英語):https://blogs.nvidia.com/blog/2022/07/29/what-is-a-qpu/
※ブログ本稿の調査にあたっては、カリフォルニア大学バークレー校で量子コンピューティングを専門とする博士論文提出志願者、ユンチャオ リュー (Yunchao Liu) 氏が協力した。


NVIDIA「GTC 2022」9月にオンライン開催

GPUとディープラーニングの世界最大級のイベント「GTC 2022」が9月19日から22日にオンライン開催される。既に参加申込みの受付がはじまっている。新たなAIについての発表も予定されているので、もしかしたら「QPU」に関する情報のアップデートもあるかもしれない。ディープラーニング業界をリードしてきた有識者たちによるトークセッションにも注目だ。

詳細は別途記事「世界最大級のAIイベント「NVIDIA GTC」9/19からオンライン開催、参加受付開始 基調講演で新しいAI、メタバーステクノロジを発表、著名な教授陣のトークショーにも注目」で掲載している。参加予定の方は申込みを忘れずに。

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神崎 洋治

神崎洋治(こうざきようじ) TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」(日経BP社)や「人工知能がよ~くわかる本」(秀和システム)の著者。 デジタルカメラ、ロボット、AI、インターネット、セキュリティなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。教員免許所有。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数(アマゾンの著者ページ)。

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